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ハンカチ  作者: 伊藤
18/25

18 繰り返される

 放課後の教室において、友佳ちゃんとの交渉が行われようとしていた。

 三度目の対決で遠慮は必要なかった。友佳ちゃんを教室に呼んだと、咲希ちゃんに伝えたとき、彼女は、お土産を渡すだけなのだから堂々としていればいいと、アドバイスしてくれた、謝ろうとしているのではなく、プレゼントを渡すだけなのだからと。

 友佳ちゃんは前回と態度を変えず、立ち上がっている私たちを、ぶっきらぼうに見やった。

「これ、友佳ちゃんに、と思って」

 遊園地で買ってきた木製のキーホルダーを、手のひらに乗せて差し出した。

「どうしたんだ、これ?」

「この前、友佳ちゃんを遊園地に誘ったら断られちゃったでしょ? 入園券がもったいないから咲希ちゃんと一緒に行ってきたんだ。その遊園地で買ってきたお土産だよ」

「別にいらない」

「そんなこと言わないで受け取って欲しいな」

「いらないんだ」

「せっかく友佳ちゃんのために買ってきたんだよ。だから私を助けると思ってもらって欲しい」

「なぜそうもしつこくあたしにまとわりつくんだ? そこまでしてあたしと関わりを持つ意味はないじゃないか」

 と言われても困ってしまう。

 こんな質問をされると思っていなかったので、とっさに返答ができなかった。本当に仲違いをしたら何かしらの答えを見つけることができたかもしれないが、これは演技なのである。私にとっては現実味の一切ない出来事なのであるため、本気になって頭を回すことはできなかった。

 答えづらい質問をした友佳ちゃんを恨む。

「友佳ちゃんとまた仲良くなりたいと思っているからだよ」

 適当に思いついた言葉を並べた。

「そうか……。でもキーホルダーを買ってきた本当の目的は、あたしの機嫌を取るためだろう? 仲直りするきっかけになればいいな、とか思って買ってきたに違いない」

「その通りだよ」

 答えたのは咲希ちゃんだった。

 虚構に一つでも真実が混じれば、それらは全て真実となる。これで本気になって頭を回せるのだ。腐敗した会話に兆しを作り出したのは咲希ちゃんだった。友佳ちゃんはどうだか知らないがこれで私は助かった。

 遊園地に行かなかった友佳ちゃんを、悔しがらせるためにお土産を買っていくのだと、咲希ちゃんは言っていたはずだ。でも咲希ちゃんは、機嫌を取るために買ってきたという友佳ちゃんの予想を肯定した。なぜなのだろうか。友佳ちゃんの言い方にムカついて、話の流れに乗っかっていこうとしたのかもしれない。深く考えるならば、本当に友佳ちゃんの機嫌を取るために買ったのではないだろうか。私にそのことを話せば、何度も謝りに行くのはしつこくないかと言われ、買うのを反対されるとでも思ったのではないだろうか。そんなこと言わないのに。咲希ちゃんが友佳ちゃんに挑戦する気なら、私は新たな進展の場として利用するだけであるのに。……深く考えすぎか?

「優雨と仁和さんを仲直りさせるために買ってきたんだ」

「結局そこに行き着くのか。こう何度も、仲直りしろと言われると、あたしも参ってしまう」

 そうこうしているうちに会話はどんどんと進んでいく、私の関われない方向に、私の予想できない方向に。

「ならば、早く仲直りすればいいんだよ。そうすれば、もう私がどうこう言うことはなくなる」

「そうやって急かさないでくれ。他人にどうこう言われたら、優雨と仲直りする気もなくなってしまう」

 咲希ちゃんの言動には明らかに怒気が含まれていた。

「元からないくせに、実はあるような言い方しないでよ」

「待ってくれ。あたしは二瓶さんと喧嘩するつもりはないんだ」

 友佳ちゃんも咲希ちゃんの変容を感じ取っていたみたいだ。咲希ちゃんの感情がこれ以上拡大しないよう抑え止めようとしているらしい。

「私だってないよ……。でもこんなに謝っているのに許されないなんて、あんまりじゃない……」

「それは……」

 咲希ちゃんは、先程までとはうって変わって、細く頼りない声で不平を訴えていた。

 そんな咲希ちゃんを見て、友佳ちゃんは戸惑い気味に言いよどみ、言葉を続けられないでいた。

「とりあえず今日は帰ることにする。また泣かれたらたまらないからな」

 友佳ちゃんは逃げるように教室を去っていった。

 私はこの気まずい場に取り残されてしまった。友佳ちゃんと咲希ちゃんのやり取りが続いていたので、いきなり会話のバトンを渡されても、どうやって声をかけたらいいのか分からなかった。せめて友佳ちゃんには、私と咲希ちゃんが話すための繋ぎを作って欲しかった。

 咲希ちゃんは、友佳ちゃんが去っていった扉を見つめていた。だがやがて諦めたようにこちらへ向き直った。

「行っちゃったね」

「そうだね。行っちゃった……」

 とりあえずの返答をしてみたものの、これ以上何を話せばいいのだろうか。

 左手には友佳ちゃんに渡すはずだったキーホルダーが握られていた。そうだ、このキーホルダーに関する話をしよう。

「結局キーホルダー渡せなかった」

「難しいこと言わずに受け取ってくれればよかったのにね。初めはただお土産を渡すだけだったんだから」

「キーホルダー買ってこないほうがよかったのかな」

「いいや、そんなことないよ。結果は残念に終わったけれど、一歩前進したに違いない。何もしないよりはましだよ」

「そうは言っても前進したとは限らないじゃん。今回の出来事で友佳ちゃんにもっと嫌われてしまったかもしれない」

「後ろ向きに考えちゃダメだよ。そんなことしてもなんの意味もないし、先に進めなくなってしまう。決して後ろ向きに考えてはいけないんだ」

「うん……」

 咲希ちゃんの励ましは、納得できるものではなかったけれど、咲希ちゃんらしい屈強さを感じさせた。

 私がキーホルダーを持っていても仕方がないので、咲希ちゃんにあげようと思った。

「このキーホルダー、咲希ちゃんが持っていて」

「いいの? もうちょっと頑張れば、仁和さん、もらってくれるかもしれないよ」

「いや、いいんだよ。友佳ちゃんと仲直りする方法はまた別に考えるよ。だからキーホルダーは渡さなくていいかなって」

「そっか」

 差し出された手のひらにキーホルダーを乗せる。

 友佳ちゃんは受け取ってくれなかったけれど、咲希ちゃんは素直に受け取ってくれた。

「帰ろっか!」

 咲希ちゃんは、元気よく私の手を引っ張って教室を出ていこうとした。これまでの問題を忘れてしまったかのような快活さに、私はどうしたことだろうと疑問を抱きつつも、輝く笑顔に勝てるはずもなく、力強く引っ張っていく彼女に黙ってついていった。

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