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ハンカチ  作者: 伊藤
14/25

14 伝達

 私と咲希ちゃんの動向が決定したのならば、これを友佳ちゃんに報告しなければならない。

 咲希ちゃんが見ていないのを十分に確認して、廊下にいた友佳ちゃんに声をかけた。

 今後の作戦について話がしたいと手早く伝える。

 友佳ちゃんは申し出に快く応じてくれた。

 私を先頭にして、先日計画を打ち明けたあの空き教室を目指す。空き教室が近づくにつれて、生徒の数は少なくなっていった。

 空き教室の前に着いたが、廊下を通る人が数人あった。

「どうしよう。誰かの見ている前じゃ、中に入れない」

「誰もいなくなるまで待つしかないだろ」

 友佳ちゃんは壁に背中を預けて時間を潰そうとしていた。私も彼女にならい背中を壁につける。

 しばらくの間、私と友佳ちゃんは空き教室の方を向いて突っ立っていた。目の前を通る人はチラチラとこちらを見てくる。

「これじゃ不自然だな。なんか適当な話をしよう」

 ぼうっと何もせずにいると、注目を集めてしまうみたいだ。話をするというのは手軽でいいアイディアだと思う。

 友佳ちゃんと向かい合っていい加減な話をした。自分でも何を言っているの分からなかったが、話の内容は重要ではない。何かをしているように見えれば、それで問題はない。

 人通りがなくなった。今だと思い、友佳ちゃんの手を引いて、目の前の扉から教室に辷りこんだ。ピシャリと後ろ手に扉を閉める。

 急いで教室に入ったので、積み重ねられた机の壁に、危うくぶつかりそうになった。激突して壁を崩したら大惨事が起こる。私と友佳ちゃんは雪崩に巻きこまれて一巻の終わりだ。そうなったら私が友佳ちゃんを守らねばならない。惨事を引き起こしたのは私なのだから。盾になり崩壊を受け止めよう。

 友佳ちゃんは教室の前の方に進んでいき、この前来たときに用意した椅子の片方に座りこんだ。

「机と椅子、そのまんまだな」

「じゃなかったら困るよ。同じようになかったら、誰かがここに来ていたということでしょ?」

「来たらなんかまずいのか?」

「この場所を使っているのが、先生に知られたら警戒されちゃうじゃん。誰が空き教室を使っているのか調べられちゃうかも。そこまでしないかもしれないけど、教室の鍵を閉められたら話し合いの場が奪われちゃう。この教室は本来使っちゃいけない場所だと思うから」

「よく考えているんだな」

「それはそうだよ。作戦に支障をきたすことは許されない。私たちは作戦が滞りなく進むよう、全神経を研ぎ澄ましていなければいけないんだ。まあ、友佳ちゃんにここまで過酷な要求はしないけど」

「そーかい」

 友佳ちゃんは頬をかき、机の木目を指でなぞった。その姿はどこか不機嫌そうに見えた。私の発言に気を悪くしてしまったのだろうか。

「ごめんね。本当は頼りにしてるよ」

「へいへい」

 友佳ちゃんの機嫌は直らなかった。上機嫌な状態で経過の報告をしたかったのだが仕方ない。このまま話を進めよう。

 立ったまま話をするのも酷なので、友佳ちゃんの向かいにある椅子に座った。

 友佳ちゃんがこちらを見つめてくる。そんなにじっと見つめられると恥ずかしい……。

「紅くなってる」

 友佳ちゃんの指摘に驚いて、自分の状態を確認しようと右頬を手のひらで触れてみた。熱を持っているようには感じられない。そもそも自分で触って、熱いか熱くないか、なんて分かるものなのだろうか。

「紅くないよ!」

 力強く否定した。友佳ちゃんに紅さを指摘されるのは不満だったし、頬の紅みから色々な推測をされるのも気に食わなかった。

「なんだ見つめられて照れちゃったのか?」

 ニヤリと笑い、訊いてくる。その姿はどこか嬉しそうだ。

「そ、そんなわけないじゃん!」

 ここは反抗しておくに限る。

 このままだと友佳ちゃんのペースにのせられてしまう。急速に話題の転換をしなければ。

「話を進めるよ!」

「いきなりだな」

「うるさい!」

 紅みは羞恥からでなく、友佳ちゃんにからかわれないようにしなければ、という切羽詰まったものに変わっていた。

「友佳ちゃんをここに呼んだのは、作戦の進路が決定したからなんだ」

「ついにか。どのような行き先になったんだ?」

「咲希ちゃんの提案で友佳ちゃんを遊園地に誘うことになったよ」

「なんでまた」

「一緒に遊ばせて仲直りさせようという考えらしいね」

「優雨が考えたんじゃないのか?」

「咲希ちゃんがひとりで考えてきてくれたんだよ」

「そうか。遊園地なんて二瓶さんらしいな。といってもあたしは二瓶さんのこと、詳しく知らないんだけどな」

「うん……」

 咲希ちゃんの知らないところで、彼女の考えた案について話をするのは、冒涜のように思われた。咲希ちゃんがせっかく作ってきてくれた私のための案を、私たちはこうして深く考えずに評しているのだ。丁重に扱わず、代えがあるかのように……。

 しかし咲希ちゃんがこの場にいれば、許しを得られる。咲希ちゃんの目前で交わされる会話は、彼女の公認となり、やましいところなど何もなくなる。

「今度友佳ちゃんを呼び出して、遊園地に誘うからきっぱりと断って欲しい」

「まだ仲直りはされないのか」

「咲希ちゃんとの距離をもっと縮めたい。今のままじゃ不十分だと思うから、ここで作戦を終わりにしたくないの。なので強く断って」

「あたしからだと、もともと仲いいように見えるけどな。こんな面倒くさいこと考えなくても大丈夫なんじゃないか?」

「いいや、まだ不十分だよ」

 断定した。

 このまま告白したら振られるに決まっている。友佳ちゃんが大丈夫だというのは、私と咲希ちゃんに関する詳しい事情を知らないからだ。四六時中見ているわけでもないのにいい加減なこと言わないで欲しい。

「分かったよ。優雨がそう言うんならそうなんだろう。言われたとおり誘いを断るようにするよ」

「うん。ありがとう」

 友佳ちゃんが私の言うことに従ってくれてよかった。といっても彼女が作戦の進行を拒否するとは思っていないが。

「あっ、そうだ。これとは別に、本当に遊びに行くのもいいかもしれないね」

 咲希ちゃんに遊園地へ行けばと言われたときに、思いついたことをここで口にした。

「ああ、そうだな」

 友佳ちゃんはそう言って顔を綻ばせた。どこか安心しきったような笑顔だった。

「というかあたし二瓶さんに思いっきり嫌われてんじゃね?」

「いまさら?」

「そうだよ、いまさらだよ。鈍くて悪かったな」

「悪いだなんて言ってないよ」

 相変わらず友佳ちゃんにはどこか抜けているところがあった。

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