13 新たな案
今日の帰り道は一味違っていた。
いつもなら私と咲希ちゃんは並んで歩いていくのだが、今日に限っては咲希ちゃんが先行して歩いていた。
線路を越えたあたりで、咲希ちゃんはこれまで話していた話題を打ち切り、まさに本題といえる事項を切り出した。
「この前、仁和さんと仲直りする方法を考えてくるって言ったでしょ」
「うん。言ってたね」
「考えてきたんだ」
友佳ちゃんとの関係にヒビが入ってから一週間の時間がたっていた。その間、咲希ちゃんはずっと仲直りの方法を考えてくれていた。一週間という時間の経過は咲希ちゃんらしくもあった。短すぎず永すぎない。適当な考えじゃいけないと、真剣に考えを出そうとしたものの、忍耐の限界には敵わない。うじうじ考えることなんか、咲希ちゃんの仕事ではない。
「仁和さんと一緒に遊びに行ったらどうかな」
「友佳ちゃんと?」
「二人で遊びに行けば、きっと仲直りできるよ。初めのうちはお互い馴染めないかもしれない。けれども遊んでいるうちに段々と仲を取り戻せるようになるよ」
咲希ちゃんの案を否定するつもりは一切なかった。
「たしかにそれはいい考えかもしれない」
「どこに行くかもきちんと考えてあるよ。遊園地だ」
学校の近くにある駅から九駅越えて、バスに乗っていったところに遊園地があった。咲希ちゃんのいう遊園地は、きっとそこのことを指しているのだろう。一番近い遊園地はそこだったから。
「遊園地で遊んでいれば、仁和さんも穏やかな気持ちになって、優雨との喧嘩なんか忘れてしまうよ。そうすれば仲直り成立だね」
「友佳ちゃんと遊園地か……」
友佳ちゃんと遊びに行くことなんて久しくなかった。最後に遊んだのは小学校のときだった。それ以降は私が遊びに誘うことも、友佳ちゃんから遊びに誘われることもなくなってしまった。
咲希ちゃんを手に入れるための作戦が決着したら、友佳ちゃんとどこかに遊びに行くのもいいかもしれない。
「二人きりで出かけるなんて、まるでデートみたい!」
そう言って咲希ちゃんは私をからかった。
咲希ちゃんはなんの意図もなしに言ったのだろうが、この一言は私を大いに曇らせた。彼女は、私と友佳ちゃんがデートすることに対して、なんとも思っていないのだ。
妬いて欲しかった。そこまでいかないくとも、友佳ちゃんと出かけるのがデートみたいだなんて、軽々しく言って欲しくなかった。
「デートだなんてことないよ。ただ二人で遊びに行くだけ。咲希ちゃんとも遊びに行くことあるでしょ。それと何も変わらないよ」
なので私はほんのりと強すぎず弱すぎずの抵抗をした。
言ってから気づいた。これでは咲希ちゃんと遊びに行くことも、デートではないと言っているようなものではないか。友佳ちゃんと行く場合はデートではないが、咲希ちゃんと出かけた場合、私たちはデートをしているのだ。そのように認識していたかった。自分だけに都合のいい解釈が破られたような気がして、どことなく不安になってしまった。この認識を他者と共有しない限り、私の自由は守られる。一度でも口に出せば、即座に否定され、考えを改めさせられるだろう。そんなのは嫌だ。私の自由は誰にも侵されずに孤高を貫き通すのだ。
「そうかな。まあ、そんなことはどうでもいいよ。重要なのは仁和さんを遊びに誘うことだし」
「咲希ちゃんは行かないの?」
話の流れから遊園地に行くのは私と友佳ちゃんの二人だけだと思った。
「私はいいよ。今回は二人で行くべきだ。じゃないと優雨と仁和さんの仲は修復されないような気がする。優雨が仁和さんを誘い、二人で楽しむ。そこに私は存在してはいけない。二人だけの問題なのだから、私が入ったら全体の空気を乱してしまうでしょう。別に仁和さんを避けているわけじゃないからね」
「ふーん」
「本当だよ!」
「はいはい」
「むー」
咲希ちゃんはぷくっと頬を膨らませた。
やっぱりかわいい。
リスのようなその姿に、愛おしさがたまらなくこみ上げてくる。
丸みを帯びたその頬をぺろりと舐めてしまいたい。
「咲希ちゃんは二人で解決すべきだと言ったけれど、私が友佳ちゃんを遊園地に誘うときは、咲希ちゃんにもその場にいて欲しいな」
じゃないと作戦を進行できない。
せっかく私と友佳ちゃんが一生懸命に役を演じているのに、咲希ちゃんが鑑賞しなければ、努力する価値がなくなってしまう。ならば演じなければいいではないか、誰も見ていないのに馬鹿なことをする必要はない、というとそういうわけにもいかない。友佳ちゃんとのやり取りが演じられ、それを咲希ちゃんに見てもらわなければ、一連の嘘に現実味がなくなってしまう。一つ一つの劇を丁寧にこなし、咲希ちゃんを絡め取っていく。友佳ちゃんと共に嘘を育てているのだ。
「えー、でも……」
と言いよどんで、咲希ちゃんは口元に左の人差し指をあてた。
遠く正面を見つめていた。はっきりとしない瞳。咲希ちゃんは何を考え、何を思っているのだろうか。
「仕方ないなぁ。本当は行くべきとは思わないんだけれど、優雨に頼まれたのなら行かないなんて言えないな。仁和さんのところまでついて行ってあげるよ」
「……やっぱり友佳ちゃんを避けてるの?」
「違うよ!」
咲希ちゃんはキリリと強く否定した。
その凛々しい姿もかわいい。
「それと入園券はあらかじめ買っといた方がいいよ。そうすれば仁和さんも断りにくくなるでしょう」
「おお! たしかに。咲希ちゃんにしては上出来な発想だね」
「……馬鹿にしてる?」
「そんなことないよ。あまりにも素晴らしい考えだったから、驚いて思わず変な言い方になっちゃっただけだよ。それほどまでに良い案だということだね」
「ならばよろしい!」
咲希ちゃんは私の言ったことをこれっぽっちも疑わず、見えるものが全てだと思いこんでいるように信じてくれた。
私とは正反対だ。私は嘘を俊敏に嗅ぎ取り、表面上ではその嘘を肯定しながらも、裏では相手を恨み続け、以降の会話に陰りを与えてしまう。疑いの眼差しは根深く、嘘でない発言も嘘だと決めつけ、無意味な悲壮と憎悪を持ってしまうことはしばしばである。嘘を見分けるのは難しい。偽の嘘を、嘘であるとそのまま信じきってしまった場合は悲惨だ。相手にも私にもいいことはない。それでも私は嘘に対して敏感であることをやめない。騙される人間の憐れさを知っているからだ。相手の真意に気づかず、一方的に操られるだけなんて耐えられない。
咲希ちゃんは騙されている人間であった。自分が騙されるのは嫌であるのに、好きな人を騙すのには引け目を感じなかった。私は善人ではなかった。咲希ちゃんを騙して得る幸福は通常の生活では感じられないものであり、私を不実の道へ引きこんでいった。咲希ちゃんを騙すのはこれが最後だと決心しなければならなかった。そうしないと悪癖が身についてしまいそうだった。
知らないうちに駅からどんどんと離れていったようで、田んぼ道が見えた。軽トラックが一台こちらに向かってはしってきた。




