南国を去りし友に捧ぐ
ここは赤道近辺、地球において太陽と最も近しい場所。
常夏の島は日が沈む時間帯も早く、橙色の夕日が海に顔を漬けている。
澄んだ海と白い砂浜、もとい、島自体が赤々と燃えているようだった。
古来よりこの諸島では、島々の交流が盛んに行われていた。人が交わり、物が交わり、足りない物資を分け合い共存してきた。
無論、守り神の威光があったことも忘れてはならないだろう。
いずれにせよ、そういった繋がりが島を発展させてきた訳だ。
交われば、万物は熱を発生させる。
だからこそ南国は暑くて、同様に熱いのだろう。
「島が燃えている」という表現は言い得て妙、存在の本質を言い表しているようにも感じられる。
―――ならば、彼女らの出会いは運命だったのだろう。
私と彼女が出会うのも。
彼女と星雲が出会うのも。
―――ならば、彼女らの別れは必然だったのだろう。
私と彼女が別れたのも。
彼女と星雲が別れたのも。
出会いがあれば別れがある、とは誰の格言だろうか。
彼女とは別れたが・・・しかし残された物も託された友達もいる。
手の温もりが消えようとも、永遠の別れにはならない。そうは・・・させない。
海外へと向けた客船が、地平線の彼方へと消えゆく。見上げるほど巨大だった船は、今や小指にも満たない小ささとなり、その姿もボンヤリと霞が掛かっている。
夕日の向こう側は、既に夜のカーテンが下りていた。
月の彼女と、太陽の私。
距離が離れる、住む世界が変わる、手が・・届かない。
果たして、そこまで尽くしたとして。狂気に憑りつかれた彼女の母は・・・治るのだろうか。
何をもって治るとするのか、それすらも分からずに、彼女は一人でやっていけるのか。
・・・・・・・・・・・・。
「ふふっ」
私の頬から、隠しきれない笑みが零れ落ちた。
いや、心配はいらない。
出会った頃の、警戒心に満ちた表情で、肩下げバッグを硬く握り締めていた彼女はもういないのだから。
もう・・いないのだから。
改めて現実が脳を過ぎり、小さな針となって胸を刺す。
・・・それでも。
それでも―――髪を結んだ彼女は、期待に胸を膨らませて笑っていた。未来を見据えて、自分の道を歩み始めたのだ。
最後の別れが、彼女の成長を確かに証明していた。
出会いは彼女の心に火を灯して、いずれ太陽となり月となることだろう。
日の中で咲き誇る、花のような笑顔が曇ることはあるまい。
月の中で輝く、星のような意志が汚されることもあるまい。
だから手を振って、恥じらいなく、忌憚もなく大いに叫ぼう。
どうか彼女の旅路に、祝福の多からんことを――――。
「がんば『リ―――』―――――――――!!!!」
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新築の一軒家、その窓からは穏やかな夕日が漏れ、真新しい家具一式に哀愁を施している。日差しによって室内はポカポカと暖められ、思わず眠気が襲ってきそうな温度だ。
どうやら家主は留守のようで、どの部屋もガランと静まり返っている。
否・・・静々とした小さな足音が、僅かばかり聞こえる。
この地方において珍しい種類である彼は、四足歩行でリビングを抜ける。そしてネームプレートが付けられた扉にジャンプ、器用にドアノブを捻った。
その部屋は全体的に可愛らしい小物が多く、持ち主は女の子だろうかと推測できる。
彼の目当てはその新入り、ピンクの丸い人形にあった。
これまた、この地方では珍しい生物を模したものである。
彼は音もない、身軽な跳躍で窓枠に降り立った。
そしてピンクの人形をジーっと物珍しそうに、大きく開かれた瞳で見つめる。やがて眼を爛々と輝かせて、爪を伸ばし、獲物に飛び掛かろうと身を屈ませ――――。
その時、黄色と茶色の混じった尻尾に、何かが当たった。
彼が何事かと振り返ると、それにはこの部屋の主が映っていた。
暖色系の光が、木製の写真立てに丸みを帯びた影を落とす。
写真に映るのは・・・三人、だろうか?
左に、大きく口を開いた色黒の少年。
中央に、赤い帽子に緩めのアロハシャツの、見慣れた少女。
右に、大きな帽子がトレードマークの、久しく見ない白い少女。
過去の在りし日を嗅ぎ取ろうと、小ぶりの鼻をヒクヒクと動かす。
それは彼の目からも・・・きっと得難きものだった。
・・・なんだか気分を削がれてしまった。彼は体を伸ばして、くぁっと大きな欠伸をする。
――――ああ、ここは丁度日が当たって気持ちがいい。
円になるように体を丸め、大きな瞳を閉じる。
しばらく、家主たちが帰るまでの数刻。
飼い猫の尻尾が、リズミカルに窓枠を叩き続けていた。
「ル」じゃないです
「リ」です