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請負人と男爵令嬢

「………ん、【『紅翼盗賊団』解体、騎士団の歴史的快挙】?………ほう、あの紅翼盗賊団がやられたのか………こりゃ騎士団の方も被害は大きそうだな。……………【『フェルシュ商会』、偽造商品販売の容疑で検挙】……あーぁ、ついにパクられちまったか。奴らも年貢の納め時だな。」


相も変わらず、空の酒瓶と幾つかの塵が散乱する部屋で、『ジャンクライフ』の店主トールは、咥えた煙草から紫煙を燻らせつつ新聞を読んでいた。


「……【スコール侯爵家親子が行方不明、没落貴族の身に何が?】………[先日、スコッツ侯爵領を逐われたスコール侯爵家当主と嫡男が、都市外にて行方不明となった。スコッツ侯爵騎士団は悪鬼に襲撃された可能性があるとして捜査中。生存は絶望的か。]………なんだ、あいつら悪鬼に襲われて死んだのか?……っていうか没落貴族って、広報機関にまで馬鹿にされてんのかよあの親子は……。」


つい一週間ほど前に関係した名であっただけに、その記事はトールの目についた。


しかし、すぐに興味を無くして次の記事に目を通す。


「【○○侯爵領にてモツモッソスの子どもが誕生、赤ちゃんの名前募集中】…………モルモッソスって何だよ……何でこんな記事が貴族の行方不明報道と並んでるんだ。しかも赤ちゃん記事の方が枠大きいし。」


恐ろしくどうでも良い記事がそれなりの枠を使って報道されている事にトールは額を押さえて溜め息を溢した。


(パンダの赤ちゃん誕生が連日ニュースになるようなもんか?……モルモッソスってのはパンダ並みに人気なのか……。)


そこで思考を中断して新聞を机の上に置いた。


(そういやあれ以来一度も外出してないな………。煙草も切れそうだし、買い物ついでに軽く散歩でもするか。)


そう思い立ち、椅子から立ち上がる。


ソファーにかけていたよれよれのスーツのジャケットを羽織り、店の外へ出た。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ひとまず必要なものを買い揃えようと、『ニコニコ雑貨店』へと向かう。


とは言っても、ただ階段を降りて表に回るだけなのだが。


トールは煙草を咥えたままとぼとぼと表へ回ると、『ニコニコ雑貨店』の中から何かを言い合っているような声が聞こえた。


片方は聞き慣れた、少し枯れたような渋い声。


これは『ニコニコ雑貨店』店主である、異世界般若ことトムの声だ。


少し怒っているような、イライラした声を上げている。


もう一方は女の、それもおそらくはまだ若いであろう少女の声だ。


こちらも何やら怒っているような声音をしている。


少女の声に聞き覚えはなかった。


少なくともこの店の常連客という訳ではないらしい。


(って事は、常連でもない少女が、あのトムと言い争っているって事か?)


トールは自らの結論に思わず驚愕した。


性別年齢問わず無差別に怯えさせるような凶悪な人相をしたトムに対して、おそらくは成人にもなっていないであろう少女が怒鳴り返しているのだ。


思わぬ事態に好奇心が湧き、店の扉からちらりと中を覗き込む。


そこには、腕を組んで厳つい顔を更にしかめたトムと、予想通り10台半ばに見える赤い髪の少女がいた。


店のど真ん中でお互いにあーだこーだと言い合っている。


「だから、誰に紹介を受けたのかと聞いてるんだよ!」


「それは言えないってさっきから言ってるでしょ!?アンタの頭は外だけじゃなくて中まで空っぽなの!?」


「ふざけんな!正式に紹介を受けてるかもわかんねぇ不審者を、そんな簡単に案内する訳ねぇだろうが!」


「だったら勝手に行くから良いわよ!場所はわかってるんだから!!」


「だから、行かせられねぇって言ってんだろ!!」


「何でよ!アンタには関係ないでしょ!?ほっといてよ!!」


「俺は『案内人』なんだよ!!正式に紹介を受けているかを確認しなけりゃならないんだ!だから紹介されたってんなら紹介状を俺に見せろって言ってんだよ!!」


「それは教えられないって、何度言ったらわかるわけ!?」


「てめぇこそ、そんなんじゃ案内する事も通す事もできねぇって、何度言ったらわかるんだ!!」


(………あぁ、そういう事か。)


トールは二人の話の内容から、自分も関係している事を悟った。


トムの言う案内とは、『ジャンクライフ』への案内を指す。


つまり、あの少女はトールへの客であり、紹介状さえ見せればトムが案内するのだが、何故か見せようとせず、誰に紹介を受けたのかも言わない…………ならば案内はできないと言うトムと、それでも通せと言う少女が言い争っているわけだ。


トールは頭をがしがしと掻きながら溜め息を溢した。


本来であればこんな明らかに面倒な事態に首を突っ込みたくはないのだが、今回は自分も関係者である上に、放っておいては更にトムに迷惑がかかってしまう。


紹介状云々の話はこちらで聞いて持っていないのなら追い出せば良いし、少なくともこのままトムに任せている訳にもいかないだろう、と考えた。


わざと音を立てるようにして扉を開けて中に入った。


「いらっしゃい、悪いけど今ちょっと取り込み中で……………トールか………。」


トムが客の誰かかと思ってこちらを向き、俺だと気付いて渋い顔をした。


「よぉトム、何だか面倒な事になってるみたいだな?」


「あぁ、ここまでしつこい奴は初めてだ………ったく、見た目は子猫の癖に、中身は虎みてぇな女だぜ。」


「ちょっと、誰が虎みたいなのよ。」


トールとトムが話していると、間にひょこっと入ってきたのは、少し紫がかった赤い髪をツインテールにしている、細身で小柄な少女だった。


顔はかなり整っているが、これまた赤い瞳のつり目が気の強い印象を与える。


(なるほど、これは確かに見た目は子猫だな。……ショコラといいこの少女といい、最近の子どもは無駄に容姿が整ってねぇか?)


トールが内心そんなことを考えていると、少女はキッとこちらを睨んできた。


……………しかし、身長差のせいで若干上目遣いのようになり、恐ろしさが半減するどころか、警戒する子猫のように見えて可愛くさえある。


「………それで、アンタは誰よ?」


「人に名前を聞く時は自分から名乗るもんだぜ、名無しガール?」


「誰が名無しガールよ!アタシはバイエン男爵家の次女、ラウラ・バイエンよ!!」


「よろしくお嬢ちゃん、俺は依頼請負人のトールだ。『ジャンクライフ』に用があったんだろ?歓迎はしないが、どこでうちの事を知ったのかくらいは話してもらうぜ?」


「依頼請負人?…………アンタが?」


少女……ラウラは、トールの言葉を聞いて訝しむように睨む。


「アンタが本当に請負人なの?」


「少なくともこの辺りに依頼請負人なんて名乗ってるのは俺しかいないな。」


そう言ってトールは肩を竦める。


「どう見ても強そうには見えないんだけど?」


「それは嬢ちゃんの見る目がないだけさ。もしくは実力がないとも言う。」


ラウラがトールの実力を疑うが、トムがラウラを庇う………というよりも、煽る。


「言っとくけどアタシは魔術師よ!実力がないなんて、ふざけないでよ!」


「ほう、その歳で魔術師なのか。そりゃ凄いな。」


「ふふん、そうでしょ?アタシってばよく周りから天才って言われるんだから。」


魔術師というのは、一定以上の威力のある魔術が使えるものに与えられる称号であり、魔術に携わる者として一人前の証といえるものであった。


そのレベルで魔術を使いこなせる人間は、希少というほどではないが、そこら辺にいるという訳でもない。


だが、ほとんどの人間が20代にして魔術師となる事を考えれば、既に魔術師となっているラウラが胸を張るのも納得できる話だった。


とは言え、トールやトムからすれば感心こそすれど、驚くに値するほどでもない。


都市外にて魔物を狩る力を有する彼ら(・・)からすれば、「悪鬼と戦うのなら魔術師程度の実力は持っていて当然」くらいの認識だ。


故に、二人はそこまで驚く様子を見せなかったのだが、それがラウラの気に障ったらしい。


「なによアンタら、もっと驚いても良いでしょ。魔術師よ、魔術師!」


「いや、聞こえてるぞ。」


「わかってるっての。」


二人して塩対応。


ラウラは更にブスッとして口を開く。


「ふん!もう良いわ。アテも外れたし、気分も悪いし、アタシ帰るわ!」


「おうそうか、気をつけてな。」


「おいちょっと待てよ、トールに用があったんじゃねぇのか?」


(余計な事を………!)


ラウラを引き留めようとするトムとは反対に、トールはラウラを早く追い出そうとする。


これ以上トムに迷惑をかけないのなら、自分が話す必要もないと考えた。


「アタシは『鬼狩り』にも勝てる凄腕の請負人がいるって聞いたから来たのよ。そんな怠けたおっさんなんてどうでも良いわ。」


「おいおい、こいつはこう見えてもーーー」


「おい、ちょっと待て。」


トムの言葉を遮ってトールはラウラを呼び止める。


「なによ、アタシはただ本当のーーー」


ラウラはイラついた表情でトールを見るが、先程までだらけた表情だったのに、今や鋭い眼光でラウラを射抜くように軽く睨んでおり、森で行動する狩人のように真剣で冷たい空気を持っているのを目にして言葉を失った。


「『鬼狩り』に勝てる凄腕と言ったな。何故俺が『鬼狩り(ラゴラ)』に勝った事を知っている?…………まさかとは思うが、お前に俺の事を教えたのは、フラリー伯爵家の者か?」


「え……あっ………ち、違うわ。」


ラウラは怯えながらも首を振るが、その質問内容に動揺しているのは一目瞭然であった。


「……そうか、フラリー伯爵家が…………レイトかショコラか、あるいはラーテかもしれんが、俺はあいつらを『紹介人』にした覚えはないぞ?いたずらに俺の名を広めようというのならば、俺にも考えがある。」


酷薄な笑みを浮かべてどこかへと行こうとするトールを、ラウラが必死に止めようとする。


「ま、待って!本当なの!ショコラはアタシに何も教えてくれなかったわ!!」


「お前はショコラの知り合いか?」


「学園の同級生、友達なの!あの気持ち悪い侯爵家の嫡男との決闘に勝ったって言うから、アタシがあれこれ聞いたのよ。でも、あの娘は何も言わなかったわ!」


「ならば何故知っている?」


「し、調べたのよ。決闘の場で何があったのか………そしたら、日時や場所、侯爵家側の代理人はわかったけど、ショコラが誰を代理人にしたのかがわからなかった。……………でも、その決闘の日、フラリー伯爵家の馬車が第三区画の雑貨店の前で止まってたって目撃情報があって。」


「チッ!」


思わず舌打ちをしたトール。


あの日の伯爵家の気遣いが、こんなところで仇になるとは思っていなかった。


「まぁいい、経緯は理解した。ショコラが俺の事を話さなかったというのは信じてやる。もう行け。」


話は終わったとばかりに手で追い払う動作をするトール。


「待って!アンタに頼みがあるの!」


「はぁ?さっき帰るって言ってただろうが。こんな怠けたおっさんはどうでも良いんだろ?」


「あっ、そ、それは………違うの………。」


「何が違うんだよ。ちょっと脅かされただけで見直してやっぱり言う事聞いてくださいってか?貴族様ってのは本当におめでてぇな。」


「うっ………さっきは悪かったわ。謝るから、お願いだから話だけでも聞いて!」


「悪いが紹介されたわけでもない客を相手にするのはごめんだ。キリがねぇからな。」


「そ、そんな!!」


「………どんな依頼か知らねぇが、別に俺じゃなくても良いんじゃねぇのか?貴族なんだから伝手くらい他にも色々あるだろ。」


「………駄目なのよ。生半可な実力者じゃ………。」


「そうかい。まぁ俺には関係ねぇやな。」


「アンタしかいないの!……本当は『鬼狩り』に頼もうとしていたんだけど………。」


(うぇ、まじかよ………。)


「もう話だけでも聞いてやったらどうだ?後は報酬次第で………どうせ暇だろ?……それに、丸っきりお前さんに関係ない訳でもないようだしな。」


やや疲れた表情でトムがそう言った。


「俺が『鬼狩り』を殺しちまったからこっちに来たってか?………畜生………。」


「ちょ、ちょっと!」


溜め息をつきながら店を出ようとするトールをラウラが呼び止めようとするが、トールは後ろをちらっと見ながら顎をクイっと動かした。


「着いてこい、話は上で聞く。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここがアンタの店?…………散らかりすぎじゃないの?何でこんなに酒瓶が散乱してるのよ。」


「文句があるなら出ていったらどうだ?俺は止めねぇぜ。」


「か、帰らないわよ。……アタシだってちゃんとした依頼があるんだから。」


『ジャンクライフ』に入ったラウラは、その惨状に顔をしかめるが、

トールは素っ気ない態度で退出を促すと慌てた様子で入ってきた。


「依頼を受けるかどうかはわからんがな。」


「とりあえず話だけでしょ、わかってるわよ。………それにしても、こんなに散らかってる割には壁とか床に汚れはないのね。空気も淀んでないし。」


「部屋に『浄化』と『空気清浄』の魔道具をつけてるからな。」


「この部屋全体に効果を及ぼす魔道具を二つも?アンタ何者なのよ。」


「余計な詮索はするな。俺に依頼をしたいならな。」


「………わかったわよ。」


「よし、それじゃ早速話を聞かせてもらおうか。」


「ええ、わかったわ。まず、アタシがここに来た経緯はさっき話した通りよ。」


「依頼内容は?元々は『鬼狩り(ラゴラ)』に依頼をしようとしていたようだし、そこらの奴には務まらないような荒事なんだろ?相手は人か?それとも悪鬼か?」


「察しが良いわね。アタシが依頼したいのは、大鬼(オーガ)の肝を持ってくる事よ。」


大鬼(オーガ)か………そりゃ厄介だな……。」




この世界には、大きく分けて六種類の悪鬼がいる。


一番数が多く、体躯は小さいが成人男性並みの力を持つ『小鬼(ゴブリン)』。


数は小鬼(ゴブリン)よりもずっと少ないが、2m近い体躯と馬鹿げた怪力を持つ『大鬼(オーガ)』。


人の死骸が悪鬼となって復活し、剛力と毒の息を吐く能力を得た『屍鬼(ゾンビ)』。


小鬼(ゴブリン)程の大きさから大鬼(オーガ)を越える大きさまで身体の大きさを自在に変えられる変身能力と強力な再生能力を持つ『醜鬼(トロール)』。


滅多に出没する事がないが、5mを越える体躯を持つ『巨鬼(ギガンテス)』。


そして、他の悪鬼とは見た目も能力も全く違い、一線を画す力を有する『固有種(ユニーク)』。


固有種(ユニーク)とは、特殊な容態をした突然変異種であり、『過去あらゆる手段にて討伐が試みられ、それでも討伐できなかった悪鬼』に固有の名が与えられると、固有種(ユニーク)となる。


また、小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)屍鬼(ゾンビ)醜鬼(トロール)巨鬼(ギガンテス)の五種を統括して通常種と呼ぶ事もあり、その場合、小鬼(ゴブリン)屍鬼(ゾンビ)を下級、大鬼(オーガ)醜鬼(トロール)を上級、巨鬼(ギガンテス)を特級と位付ける。




ラウラが依頼する大鬼(オーガ)は、単純な膂力であれば汎用種の中では巨鬼(ギガンテス)に次ぐ二番目に位置し、一介の騎士はおろか、並みの『鬼狩り』でさえ手の届かない怪物である。


一般的な『鬼狩り』は小鬼(ゴブリン)屍鬼(ゾンビ)などの下級の悪鬼を標的にするものであり、大鬼(オーガ)醜鬼(トロール)などの上級の悪鬼は、ラゴラのような異名持ちの一流の『鬼狩り』が万全を喫した上で討伐に当たらなければならない程の化け物だ。


大鬼(オーガ)の肝には高い滋養強壮効果があり、それを食べれば万病を癒すとされている。


滅多に市場に出る事などないし、あったとしても途徹もない金額となる。


「お前の身内か何かが病気なのか?」


「………えぇ、そうよ。アタシのお母様が難病で……もういつ亡くなるかわからないの………。」


「そんで、途方に暮れていた所に『鬼狩り』がこの街にやってきたと聞いて、そいつに頼もうかと考えていたらいつの間にか死んでいた、と。」


「………そういう事よ。………ねぇ、お願い。アタシの依頼を受けて。アタシのお母様を…………助けて。」


ラウラは縋るような眼でトールを見つめる。


しかし、トールは冷たい瞳で見返した。


「………諦めろ。それがお前のお袋さんの天命だったって事だ。」


「そんなっ!!」


「何を勘違いしてるのか知らんが、俺だって慈善事業でこんな仕事をしてる訳じゃない。ショコラの依頼を受けたのは、紹介人に義理を立てただけだ。」


「だ、だけど、それじゃあお母様が!!」


「甘えるんじゃねぇよ。その程度の不幸、この世界にゃあちこちに転がってるじゃねぇか。さっきも言ったが、病気って事はお袋さんの天命がそこまでだったってだけだ。そんな事で一々他人を頼るんじゃねぇ。」


「そ、そんな事ですって!?」


「あぁ、そうだ。世の中には今でも病気や飢えで死んでる人間が大勢いる。その中で、どうしてお前のお袋さんだけ生きていられる道理がある?」


ラウラはショックを受けたような顔で、しかし何も言えずに俯いている。


「………俺だってどんな依頼も断る訳じゃねぇよ。でもな、お前の依頼を受けてお袋さんを助けてやったら、それを知った同じような境遇の人間はどう思う?……『どうしてそいつだけ』『何でこっちは助けてくれないんだ』………そんな風に恨まれるのはごめんだね。」


「でも、ショコラ(あの娘)の依頼は………」


「だから言ったろ。あの依頼を受けたのは義理の為だ。義理と人情ってのは、時として合理的な思考を越えるんだよ。………ただ、お前の依頼じゃ俺の人情には響かなかったってだけだ。さっきも言ったが、病気で死ぬ人間なんざ幾らでもいる。そいつらに一々同情してたらキリがねぇだろ。」


「でも……でも…………」


「話は終わりだ。出ていきな。」


トールの厳しい言葉と冷たい視線に打ちのめされたラウラは、やがてトボトボと重たい足取りで部屋を出ていった。




一人になった部屋で、トールは不機嫌な顔で煙草を吸っている。


「トム、聞いてたんだろ?入ってこいよ。」


扉に向けて呼び掛けると、ばつの悪そうな顔をしたトムが扉を開いた。


「………バレてたのか。」


「当たり前だろ。」


「だよな…………嬢ちゃんの依頼、本当に受けねぇのか?」


「わかってんだろ?受ける理由がねぇ。」


「理由、か…………本当は理由なんて無しに助けてやりてぇくせに。」


「何言ってんだお前?何で俺が助けたがるんだよ?」


「そりゃおめぇ……トールが超ド級のお人好しだからに決まってんだろ?困ってる人間を見過ごせねぇんだよな?」


「………んな訳ないだろ。俺が今まで幾つの依頼を断ってきてると思ってんだよ。」


「断った依頼は、お前じゃなくてもこなせる内容だったからだろ。合理的思考ってやつだ。」


「わかってんじゃねぇか。今回も同じだ。あの嬢ちゃんは紹介を受けて来た人間じゃねぇ。しかも内容は病気の母親を助けてほしい、だ。そんなもん受けたら、後が面倒だろ?合理的思考、だよ。」


「その気になったら秘密にする事くらいできるだろ?スコッツ侯爵の力を借りても良いし、情報屋を軒並み買収する事だってできる。違うか?」


「そこまでして依頼を受ける必要があるのか?それこそ合理的思考から外れてるぜ。」


「惚けんなよ。本当はあの嬢ちゃんの母親を助けたくてたまらねぇんだろ?言ったよな、お前は超ド級のお人好しだって。俺や紹介人達が、どれだけお前に助けられてきたと思ってやがる?」


「………それは俺がまだ若かった時の話だろう。手の届く範囲さえ救えれば良い……そんな幻想はもう見なくなった。」


「あぁ、わかってるさ。お前は本当はもっと多くの人間を救いたいんだ。でも、自分の手の届かない人間がいる事を知ってしまった。同時に、手の届く人間と届かない人間との間に壁を作る自分に嫌気がさした。だから合理的思考とやらで自分の本心を包み隠し、義理と人情という言い訳で合理的思考を抑えてきた。………でもよ、もう良いんじゃねぇか?」


「………どういう意味だよ?」


「救いたいくせに変に屁理屈こねて、そんで救えない自分に苦しむのは、もうやめたらどうだって言ってんだよ。」


「はっ、何を言うかと思えば……お前の中で俺はどんな聖人君子になってやがるんだ?妄想は頭の中だけにしてくれ。」


「……いつまでそうやって逃げてるつもりだ?」


「なんだと?」


「お前がどうしてそんな風(・・・・)になったのかは知らねぇけどよ。以前のお前はもっと素直だったろ。救いたい奴を救って、気に食わねぇ事は力づくで吹っ飛ばしてたお前はどこにいったんだ?」


「ガキみてぇな事言うなよ。そんなもん、成熟した大人とは言えねぇだろ?俺だって大人になったんだよ。」


「へっ!まぁ確かに、何でもかんでも傲慢に押し通るってのは確かにガキのやり方だわな。………でもよぉ、そんなガキだったお前の方が、今の(・・)お前よりゃよっぽどカッコ良かったぜ。」


そう言うと、トムはこれ以上言う事はないとばかりに、無言で部屋を出て行った。


「…………チッ!言いたい放題抜かしやがって…………何がカッコ良いだ…………」


トムが出ていった扉を睨みながら愚痴るトールであるが、彼の頭の中には、形容し難い何かがグルグルと渦を巻いていた。


トールの脳裏には、かつて心から愛したある女性の言葉が甦っていた。



『貴方って本当にお人好しだよね。そんなだから皆から良いように使われるんだよ。……………ま、そんなところがカッコ良いんだけどね。』



そう言って照れたように笑った彼女を思い出し、その笑顔がもう見られない事にふと涙が溢れそうになる。


「歳取ったら涙脆くなるから嫌なんだよなぁ…………ったく、何が昔の方がカッコ良かっただよ。何も知らねぇくせに、皮肉りやがって。」


そう言いながらも、彼はジャケットを羽織って外へ出るのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「よぉ、ハゲ頭。さっきは散々に言ってくれたな。」


「誰がハゲだ、これはスキンヘッドだぜ。………だいぶマシな顔になりやがったな。……行くのか?」


「別に、たまには()を散歩してきても良いかと思ってな。それだけだ。」


「ったく、素直じゃねぇ奴だな。どこの世界に散歩しに都市外に出る奴がいんだよ。」


「ここにいるだろうが。」


「まぁ、お前に限って問題はねぇと思うが………気を付けろよ。」


「心配はいらねぇよ。すぐに戻ってくる。」


「おう。………依頼人の嬢ちゃんには言わねぇのか?」


「…………アイツの依頼は大鬼(オーガ)の肝をやる事だ、討伐じゃねぇ。偶々外を散歩してたら大鬼(オーガ)に遭遇して、偶々そいつを討伐して肝を持ってたから渡すだけだ。偶々持ってたいらねぇ物を渡すくらいなら………まぁ、何も問題はねぇだろ。合理的思考だ。」


「ケッ、なーにが合理的思考だよ。面倒臭いやり方しやがって…………とことん素直じゃねぇな、本当によ。」


「ほっとけ。………じゃあな。」


「おう、行ってこい。」


ニヤニヤとしたトムの嬉しそうな声を背に、トールは街の外へと歩いて行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さてさて、哀れな鬼さんはどこにいるのかね………?」


都市外へと出てそんな事を呟きながら、トールは『空間収納(マジックボックス)』から片手で持てるほどの長方形の金属製の物体を取り出した。


彼がそれに魔力を込めると、ピコンッという音がして、画面中央に青の光点が示された。


そして、その青の光点の下側には幾つもの黄の光点があり、上の方には赤の光点が疎らにある。


「こいつを使うのも久し振りだな。時間をかけるのも面倒だし、さっさと終わらせるか。」


トールが取り出したのは『周辺探知(サーチ)』の魔道具で、しかも周囲1kmもの広さの生命体や危険地帯を正確に探知できるという、国宝級の魔道具であった。


おまけに、この魔道具には更に特殊な性能も備えてあった。


「指定探知、生命体、名称"大鬼(オーガ)"。」


そう言うと、画面の左上に対して赤い矢印が現れた。


この指定探知という機能を使う事によって、特定のモノを探知できるのだ。


更に、探知範囲内でなくとも約5km以内であれば、方向を教えてくれるという高性能な機能であった。


ここまでくるともはや国宝級というレベルすら越えているのだが、トールにとっては便利な道具の一つでしかない。


彼はいつものように、その矢印の方向へ走って行った。




そして、トールが街を出て十分ほどが経過した頃。


彼の目の前には、2mの体躯を誇る、まさに鬼のような顔をした大鬼(オーガ)が姿を表した。


中までぎっしりと筋肉が詰まっているであろう腕の太さは、一般的な成人男性の太股よりも一回りは大きい。


腰に麻布を巻いただけの姿で筋骨隆々な肉体を晒け出しており、その威圧感は初めて見た者を震えさせるほど強烈だった。


トールにしても、気を抜いて良い相手ではない。


早期決着を望むトールは、木陰に隠れたまま空間収納(マジックボックス)から刀を取り出し、左腰に帯びる。


森の中を歩く大鬼(オーガ)を木陰から覗いていると、すぐ近くを飛んでいった鳥を見上げた。


その瞬間、トールは殺気を隠し、音もなく高速で走り寄った。


接触まで5mというところでようやく大鬼(オーガ)も気付くが、既にトールは刀の鯉口を切っていた。


大鬼(オーガ)は慌てて下がろうとするが、トールはその一瞬、目にも止まらぬほどの加速をし、懐へと飛び込んだ。



ーーー武神流体術『縮地』



幼少の頃より膨大な時を修練と鍛練に費やして身に着けた体術。


人間の身体能力を遥かに凌駕する大鬼(オーガ)でさえ、彼の動きを捉える事はできなかった。


懐に入ると同時に、神速の抜刀術にて大鬼(オーガ)の右脚を、膝下からすっぱりと切り落とした。


後ろに下がろうとしていた大鬼(オーガ)は思わずバランスを崩し、転倒する。


その隙を突き、トールは刺突にて大鬼(オーガ)の右目を貫いた。


悲痛な叫びを上げ、大鬼(オーガ)は手足を振り回して暴れる。


子どもが駄々を捏ねるような、攻撃とも言えない攻撃ではあるが、その破壊力は怪物並みだ。


地を荒らし、木々を打ち壊して暴れ回る大鬼(オーガ)から一度距離を取り、刀を構え、刀に魔力を流し始めた。


青白い光が刀を纏う。


敵が距離を取った事を確認した大鬼(オーガ)は立ち上がろうとするが、右脚がない為に再び転倒する。


そして、準備は完了した。


トールは刀を上段から振り下ろすと共に、刀に流した魔力を解放した。



ーーー武神流剣術『飛斬一閃』



魔力によって形作られた一閃が高速で飛び、大鬼(オーガ)の身体を深く斬り付けた。


思わぬ攻撃とその威力に驚き、硬直した大鬼(オーガ)が再び激痛に叫び暴れる直前、素早く近付いたトールが跳び後ろ回し蹴りを大鬼(オーガ)の顔面に叩き込んだ。


大きな音を立てながら後方へ吹き飛ぶ大鬼(オーガ)を追い詰めるように飛び付いたトールは、今一度魔力を刀に流し、大きく踏み出しながら、その太い首元へと刀をはしらせた。



ーーー武神流剣術『雷切一閃』



『剣豪』ラゴラを斬って捨てた一刀をもって、凶悪な悪鬼である大鬼(オーガ)の首を斬り飛ばしたのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「よぉ、帰ってきたな。それにしても随分早かったな?まだ二時間も経ってないぞ。」


大鬼(オーガ)空間収納(マジックボックス)に収納し、店に戻ってきたトールを迎えたのは、異世界般若ことトムであった。


「あぁ、あまり時間をかけたくなかったからな。」


「ほぉ………あぁ、そう言えばもういつ亡くなるかわからない……とか言ってたな。それでか。」


「別に関係ねぇよ。早く休みたかっただけだ。」


「あーはいはい、そういう事にしとくぜ。そんで、どうやって嬢ちゃんに連絡を取るんだ?」


「セーレに力を借りようかと思う。」


「なるほど、まぁそれなら大丈夫だろ。」


トールはそう決めるや否や、『空間収納(マジックボックス)』から『周辺探知』の魔道具と同じような、長方形の物体を取り出した。


トールがその魔道具に魔力を込めると、画面が開き、何人かの名前の一覧が表示された。


その内の一つ、『セーレ・ポムフリィ』の名をタッチし、魔道具を耳に当てた。


これは『遠方通話』の魔道具である。


トールは『遠方通話(スマホ)』と呼んでいる。


『遠方通話』の魔道具自体はそれほど珍しい訳でもなく、貴族であれば買える程度の金額である。


平民にとっては手が届かない大金なのだが、意外に金持ちなトールからすれば何の事はない……………と言いたいところであるが、彼の持つ『遠方通話(スマホ)』は、通話可能範囲も音質も、登録可能数も一般のそれとは桁違いであった。


この『遠方通話(スマホ)』も、『周辺探知』と同様に国宝級を越えるレベルのものであるのだが、やはりトールはそんな事を気にはしない。


トールは『遠方通話(スマホ)』を耳に当てたまま、ジャケットを脱いでソファーに放り投げた。


自らの椅子に腰掛け、机の上に脚を乗せ、煙草に『灯火』の魔道具(ライター)で火をつける。


遠方通話(スマホ)』には、通信中にプルルルっと音が鳴るような機能はない為、無音のまま待たなければならない。


ぷかぷか紫煙を燻らせつつ、どうやら出ないようなのでまたかけ直すかと考えていたところで、セーレが応答した。


『もしもし、トールさんですか?お待たせしてしまって、申し訳ありませんでした。』


「あぁ、セーレ。いや、気にすんな……いま、時間大丈夫か?」


『もちろん問題ありませんよ。』


何がもちろんなのかわからなかったが、トールは端的に話を進める事にした。


「お前、バイエン男爵家の次女に連絡は取れるか?ラウラ・バイエンという少女だ。」


『直接ご連絡する事は致しかねますが、バイエン男爵家とで宜しければ可能ですよ。』


「なら頼みたい事がある。大鬼(オーガ)の肝をお前に預けるから、格安でバイエン男爵家に売ってくれねぇか?」


『はて?私が預かってお売りするのですか?』


「あぁそうだ。頼めるか?」


『ふむ……何か事情がお有りの様子ですね。畏まりました。トール様の頼みですし、お受けしましょう。』


「恩にきるぜ。ありがとよ。」


「いかほどの事もありません。なるべく早い方が宜しいですか?」


「できれば今日中にでも。」


「承知しました。すぐに商会の者をそちらへお送り致しますので、お渡し下さいませ。」


「おう、わかった。それじゃな。」


「はい、それではまた。失礼致します。」


遠方通話(スマホ)』を切ったトールは、空間収納(マジックボックス)に収納して、一息ついた。


「どうにかなりそうか?」


わかりきった顔でトムが問いかける。


「あぁ、今日中にはラウラのとこに届くだろう。まぁ、後はあいつ次第だな。」


「………ほぉ、やっと嬢ちゃんの事、名前で呼んだな。」


「はぁ?………あぁ、それがどうしたんだ?」


「いや、お前は依頼を受けねぇと依頼人を名前で呼ばねぇじゃねぇか。名前で呼んだって事は、あの嬢ちゃんを依頼人として認めたって事だろ?」


「………そうだったっけか?どうでも良いだろ、そんなこと。」


「まぁそうだがな。んじゃ、俺は下に戻るぜ。」


「おぉ、せっせと働け。労働の苦しみを味わってろ。」


「うるせぇな、珍しく働いたからって調子に乗るんじゃねぇよ。」


「珍しく働いたんだから少しくらい調子に乗らせろよ。………もう当分は働きたくねぇ。」


「さぁ、それはどうかねぇ。この一週間で依頼が二つだ。………何か、流れがきてるとは思わねぇか?」


「思わねぇ……っていうか思いたくねぇよ。俺は働きたくねぇんだ。」


「言ってろ。俺の勘はよく当たるぞ?」


「知ってるさ。だから嫌だって言ってんだ。……もうそろそろ戻れよ。客が来ても知らねぇぞ。」


「おっと、そうだったそうだった。んじゃな、今日はお疲れさん。」


片手を振って、トムは出ていった。


「全く、流れがきてるってなんだよ……冗談じゃねぇ…………」


『ポムフリィ商会』の人間が来るまで、一人ごちるトールであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それから数日後。


「……【『フェルシュ商会』容疑を是認、大商会の実態】……なんだこりゃ、週刊誌みてぇな内容だな。こんな記事が新聞に載ってて良いのか……………【スコール侯爵家親子、遺体が見つかる】……そうか、やっぱ悪鬼にやられてたのか。可哀想に、南無南無。」


今日も今日とて新聞を読みつつ、だらけた生活を送るトール。


「………【○○侯爵領にて誕生したモルモッソスの赤ちゃん、名前は今週中まで募集】………[先日、○○侯爵領にて生まれたモルモッソスの子どもの名前は現在絶賛募集中。既に千件を越える名前案が集まっており、モルモッソス委員会は嬉しい悲鳴を上げている。現在集まっている名前案の中でも優れているものは、『ウルチャイナ』『ダチャイナ』『キチャナイナ』の三案。この三案を越える名前案を持っている方は、是非ともモルモッソス委員会まで。]……………なんだこれ。」


トールは思わず頭を抱えた。


「モルモッソス委員会ってなんだよ………そしてこの三案のどこが優れているんだ?チャイナが入っていれば良いのか?やっぱりパンダなのか?…………ていうか最後の一個は微妙に違うし………。」


トールは溜め息をついて新品のハガキとペンを取る。


新聞に記載されているモルモッソス委員会の宛先を記入し、命名『モンモン』とした。


そして外に出て、表にあるポストに投函し、両手を合わせて神に祈った。


(モルモッソスとやらに、マトモな名前がつきますように。)


そして良い事をした顔で店へ戻ろうとしたトールに聞き覚えのある声がかかった。


「ちょ、ちょっと!」


「ん?………あぁ、お前は…………。」


「その、えっと………は、話があって……………。」


そこにいたのは、先日の依頼人、ラウラ・バイエンであった。




「それで、何の用でここに?依頼は断ったはずだが。」


「あ、いや、それに関してはもう解決してて……。」


「解決?大鬼(オーガ)の肝が手に入ったのか。」


「実はあの日の夜、『ポムフリィ商会』のセーレ会頭が家に来て、格安で大鬼(オーガ)の肝を譲ってくれたの。」


「ほぉ、良かったじゃないか。幸運だったな。それで?」


「その、それで、えっと……………」


ラウラはもじもじとしていて何が言いたいのかわからない。


「何だ?この前の文句でも言いに来たのか?そういうのは面倒だからーーーー」


「ち、違う!そうじゃないの!!」


トールが顔をしかめて喋ると、ラウラが大声で遮った。


「あ、ご、ごめんなさい…………えっと、その…………」


「………何か変だな?この前とは態度が随分違うじゃねぇか。」


「えっと、それは……………えっとね、実は……アンタに、お、お礼を……言いに来たの。」


「はぁ?……お礼?なんの?」


「その……大鬼(オーガ)の肝を取ってきてくれたんだよね?」


「…………なに言ってんだお前?それは『ポムフリィ商会』から買ったものなんだろう?どうして俺が取った事になるんだ。」


「セーレ会頭が言ってたの。『貴女は運が良かった。この街で最も信頼できる人に依頼したのですから。』って。」


トールは思わず舌打ちをしてしまった。


「チッ……あの野郎、余計な事言いやがって。」


「やっぱり……アンタが大鬼(オーガ)を倒したのね?」


ラウラがそう言うと、トールは渋々といった表情で口を開いた。


「………偶々だ。偶々外出したら大鬼(オーガ)に遭遇して、素材をセーレに売っただけだ。勘違いすんな。」


トールが不機嫌な顔でそう言うと、ラウラは目を丸くして唖然とした後、クスクスと笑いだした。


「………なんだよ?何か文句あんのかよ?」


「ふふっ………ご、ごめんってば。実は、セーレ会頭がこうも言ってたの。『あの方はとてもひねくれた天の邪鬼ですから、きっと素直には認めませんけど、本当はとても優しい方なのですよ。』って。」


「………勝手に言ってろ。用が済んだならもう行けよ。」


面倒そうにトールがそう言うと、ラウラは佇まいを直して真っ直ぐにトールを見つめた。


「いいえ、話はここからよ。依頼に対する、報酬の話。」


「………報酬は金銭だ。金額はお前が勝手に決めろ。」


「払えないわ。」


「………はぁ?金額は勝手に決めろって言ってんだ、払える額で決めろよ。」


「無理よ。だって今回の依頼の報酬は、つまり『お母様の命の値段』ってことだもの。そんなの決められないし、決めたとしても到底払えないわ。」


「何だその理屈………んじゃどうするつもりだ?」


「………この身体で返すわ。」


「いや、いらねぇよ。お前みてぇなガキに欲情するかってんだ。」


「なっ!ちょ、アンタそれどういう………って、そもそもそういう意味じゃないわよ!!」


「んじゃどういう意味だ?」


「たまにここに来て、部屋の掃除とか色々してあげるわ!これでもアタシ、家事が得意なのよ!」


「貴族なのに家事が得意?」


「アタシの家は貴族とは言っても弱小の貧乏貴族だもの。自分でやれる事は自分で、当然の事よ。それに、お母様に心配かけたくなかったから…………。」


「ほぉ、なるほどねぇ…………いや、でも別にいらねぇよ。」


「なんでよ!?」


「何でって、その気になりゃ自分でも掃除できるからな。」


全てのゴミを収納すればそれで終わりだ。


トールにとってはただ面倒だからしていないだけで、しようと思えば数分で終わるのだ。


「なっ!……じゃ、じゃあ料理はどう?これでも料理が一番得意なんだから!!」


「料理かぁ………別に飯にも困ってねぇしなぁ。」


「いつもどんなもの食べてるの?」


「そりゃ………屋台の食い物とか、つまみとか。」


トールは基本的につまみと酒で腹を膨らませている。


「そんな身体に悪いものばかりじゃ駄目よ。ちゃんと栄養取らないと。」


「栄養が足りなくなったら大鬼(オーガ)の肝でも食うから大丈夫だ。」


「えっと、それじゃ、えっと………………あぁぁぁぁもう!!良いからアタシが家事をして恩を返すの!!決まり!!」


「いや、決まりっておい、ちょっとまーーー」


「それじゃ、手始めに掃除からするから!!」


そう言うと、勝手に部屋の掃除を始めたラウラ。


言うだけあって手際は良い。


感心して見ているうちにどんどん部屋は綺麗になっていった。


「やるなぁ……これじゃ貴族の家で給仕だってできそうだぜ。」


「ふふんっ、そうでしょそうでしょ!アタシにかかればこれくらい簡単よ!それじゃ次は料理を作るわ!」


「いや、もう良いっての、そろそろかえーーー」


「ちょっと何よこれ!マトモな食材ないじゃないの!!」


部屋の奥の台所(キッチン)にある『冷蔵庫』の魔道具の中を見たラウラが叫んだ。


「そりゃ、普段料理なんてしねぇからな。」


「ちょっと待ってなさい。下で何か買って来るわ!」


「いや、本当にもうーーー」


トールが止める間もなく、ラウラは外へ出て階段を駆け降りて行った。


トールは深く溜め息をついて、ガシガシと頭を掻いた。


「どうしてこんな事になったんだ…………はぁ……………。」




尚、ラウラの料理はプロ級の腕前であった。


そしてこの後、ラウラは宣言通りに『ジャンクライフ』に度々訪れるようになり、最初は苦言を呈していたトールも、次第に諦めていったのであった。

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