第一幕「静視と異世界」
最初はこの物語か。これは私自身が童心の頃に憧れていたファンタジー世界を描いた物語だ。テーマは『冒険』。
━━あ、やっべぇ、これ完全に来るべきじゃなかったわぁ。
薄暗い部屋の中、眼前に迫り来るナイフの切っ先。
闇の中から伸びる白くか細い腕は、彼をそのナイフから逃さないように彼の顎をがっちりと固定していた。
「あなたのその『眼』。実に、実に美しい、その眼はワタシが貰うね」
少し眼が暗闇に慣れた頃、漆黒のドレスを着た一人の少女が、とてもいとおしそうにこちらに狂喜に満ちた笑顔を向けていた。
少女は、その手に持ったナイフで今から彼の眼球を抉り取るのであろう。
彼は抵抗したくても体が石のように固まってしまって身動き一つ取れないどころか、少女の掴んでいる手を振りほどくことすら出来ない。
━━うわぁ、これ痛いよ絶対、やだなぁ、眼を取られた後に殺されるのかなぁ?
かなり絶望的な状況にも関わらず、彼は異常なくらい落ち着いていた。
体が恐怖で硬直しているのに、まるで自分の心と体は別の存在のように彼は思った。
━━異世界に召喚された結果がこれとか......まじないなぁ。
ナイフが後3cm程まで迫った所で彼は眼を閉じようとした。ほんの少しでも一秒後に待ち受けてるであろう、壮絶な苦痛から目を背けるために、が。
━━え? そんな、瞼が......下りない?
肉体だけに止まらず、瞼までもが恐怖で硬直してしまったのだろうか? さっきまで落ち着いていた彼の心にも焦りと絶望が募った。
叫びたくても声が出ない、これから自分は今までに味わったこともない苦痛を味わいながら死ぬのだろう。
全てを諦めた時、彼は一つの異変に気付いた。
━━...........? な、なんだ? 殺るならさっさと殺れよ。
ナイフの切っ先が後3cmの所で、さっきまで彼に迫っていたはずのナイフが止まっていた。
更によく見ると、目の前の少女まで止まっているようにも見えた。
━━な、なんなんだこりゃ? なんで殺らないんだ?
この後から数分後に、彼は『八幡 京介』は、自分以外の『時』が全て止まっていることに気が付いた。
━━━━━━━━━━━━━━Ι━━
「ここで大人しくしてろ!」
「ええ~」
━━俺『八幡 京介』は、異世界に来て僅か5分でブタ箱に入れられた。
ほんの5分程前。
「ねぇえん、異世界行こうよ~」
「......はぁ?」
日本。
都内のとあるアパートの一室。
「だから、異世界、ファンタジーよ、ファンタジィ、まぁほうがあってエルフやらドワーフやらモンスターがいるあの~」
「そうかそうか、お前その歳で頭の中が中二病なんだな」
この俺を中二呼ばわりするこやつは『木坂 扇己(19)』。ま、俺の数少ない友人や。
俺達二人は高校卒業後、別々の道を歩んでいた。俺は卒業してすぐに都内の町工場に就職。
扇己は卒業した後に大学に通っていた。
時々休みの日になるとこうして俺が扇己のアパートに遊びにくるのだが、どうもこいつには俺の異世界に対する情熱は伝わらないようだ。
「あのさ京介、俺はまだ学生だが、お前はもう社会人だろ? だったらもうそんな子供じみた妄想は止めたらどうだ?」
「えぇ? やだぁい、だって高校の頃から今に至るまでさぁ、俺生きる事に喜びを感じたことないんだぜぇ?」
「だから異世界に行きたいのか? 生きる喜びを味わいたくて」
「あったんめぇよぉ、お前、こちとら毎日毎日残業残業ってさぁ? やってらんねぇよ。なぁんでやりたくもないことに必死にならなあかんのや? ん?」
「.....人んちに来てそんな嫌味言いに来たのかよお前」
「いいじゃん別にさぁあ、はぁ~異世界に行くにはどうしたらいいかなぁ~......お、閃いた」
俺はあることを思い立って、近くの窓に足を掛けた。
「ちょ! おま、お前ぇ!! 何する気だ! ここ三階!」
「いや、ちょっと死んで異世界転生しようかと」
「ふざけんな! そんなに転生したいなら他所でやれ! なぁんでよりにもよって、うちなんだよ!?」
「いや、思い立ったら即行動したら良いこと起こりそうだなと思って」
「ああ、確かにお前には良いこと起こるかもしれが、これ絶対お前があっちの世界に逝ったら残された俺が不幸になるじゃねぇか!」
「え? そんなに俺の事心配してくれてたの? なんか照れるな」
「うわ、こいつ殴りてぇ、いいよね? 殴っても良いよね?」
そう言うと扇己は俺を窓から引きずり下ろしてから全身の捻りを加えた渾身のロシアンフックを俺の顎にお見舞いした。
「なぼす!?」
取り合えず俺は帰る事にした。
「いった~。ロシアンはないだろロシアンは」
そんな事をぼやいていると、不意に背後から若い男性の声が聞こえる。
「八幡 京介君だね?」
「え? だ━━」
「おおっと悪い。俺の方を振り返るな。振り返らずにいたら、君の願いを叶えてやろう」
え、何? 不審者? こわっ!?
けど、俺の願いか......なんでそんなこと聞くんだ? うーん......。
「俺の願い......っ!? 異世界転生か!」
「ああそうだ。君は逸材だ」
と、背後に居る男が後ろから一枚の用紙とペンを差し出してきた。
「ここに君の名前を、そうしたら......」
「書いた!」
「早いな!? ......ま、まぁいい、これで『契約成立』だ。こっちを向いてもいいよ」
「はぁい!」
俺は名前を書いた用紙を男に渡そうとした矢先、強烈な光が俺を襲う。
「むぉ!?」
「ようこそ、呪われし龍の物語『ドランク・クロニクル』へ」
━━━━━━━━━━━━━Ⅱ━━━
「......う」
「おい兄ちゃん、んな所で寝てんじゃねぇよ、あぶねぇだろ」
俺は目を覚ますと、こちらの顔を覗き込む中年の男性。
の、頭の『それ』を見て俺は勢いよく跳ね起きて、その男性の『それ』を握った。
「ケ、ケモミミィ!?」
「ぎゃあああ!? な、なんだこいつぅ!?」
俺はその男性に突き飛ばされてから周囲を確認した。
こちらを物珍しそうに見つめる人々、その殆どが、俺が居た日本では見ないような服装。
そして、普通の人間の他にも、頭から獣耳や尻尾を生やす人間や、完全に顔が動物の、俗に言う獣人。他にもケースケが知る所のトカゲ人間『リザードマン』やら頭から角を生やす『オーガ』等々。
通り過ぎる馬車は馬ではなく巨大なトカゲ。
周囲の街並みは、RPG等でよく見る石造りの街並み。
それらを見て俺は大いに歓喜した! これが、あの男が言っていた願いを叶えるか!?
「なんだこれ? 異世界転生? 召還? どっちでもいいけどサイコォ!!」
「うわぁ!? こ、こいつやべぇ!」
「みんな離れろ!」
「きゃあ!?」
やばい、内なる衝動を抑えられん! 俺の雄叫びに対して周囲の人々は軽くパニックになっていた。
そんな周囲の人々の反応を無視して俺は近くの亜人女性の獣耳を触った。
「へ、へんたぁい!」
「きゃあ!? こ、今度はこっちぃ!?」
「うわぁぁ! 俺に触るなぁ!」
俺は、次から次へと、色んな亜人、獣人にセクハラを繰り返し始めた。ふへへへ、止められない、止まらない~。
「だ、誰かぁ! こいつを止めろぉ!」
「ちょ、やだよぉ! こいつ怖すぎ!」
「え、衛兵を呼べぇ!」
━━━━━━━━━━Ⅲ━━━
ガチャンと、牢屋の扉が閉まる音が鳴り響いた。
「そこで大人しくしてろ!」
「ええ~?」
俺は衛兵に捕まり逮捕されてしまった。
そして、冒頭に戻る。
「いやー、やっべー、捕まったー、やっべー」
捕まったわりには随分と落ち着いてるな俺。というよりむしろ興奮していた。
「おい、うるせぇぞ新入り!」
俺が、興奮していると、向かいの牢に一人の中性的な少年が居た。
「ねぇねぇ君、ここ何処なの?」
「あ? ここは牢屋だよ」
「違う違う! この世界は何て言うの?」
「......は?」
質問の意図が分からなかったようだ。うーん、こう言う時は......これならどうだ?。
「あー、じゃあこの街は? なんて言う場所なの?」
「......お前、大丈夫か? ここは『王都』だよ。ドランク王国の」
「王都?」
「あのなぁ、お前も王都で名を上げたくて来たんだろ?」
「名を? 興味ねぇや」
「......は?」
俺の態度を前にして、少年は呆れた顔をした。
だがそんなの関係ねぇ! そんな少年を無視して俺は淡々と語った。
「こちとらさぁ、念願の異世界に来れたわけでさぁ
、ちょいっとハッスルしたら捕まっちまってさぁ、もうやっべぇのよぉ」
「.......そ、そっか」
少年が俺から目を離す、あ、ドン引きされた? けどいいや、どうせ俺は空気読めない奴だしな、このままこれじゃつまらんな。よし、これをこうして......カチャカチャっと、
「......なにやってんだ、お前?」
「え? キーピック」
「キー? なんだそれ?」
俺は小さい針金を牢屋の南京錠の鍵穴に差し込んでいるのだが、この世界キーピックとかないのか?
「......お前が何やりたいかは判ったよ。でも、諦めな、そんなんで開くわけ......」
「開いた」
「ないだろ......何ぃ!!」
俺はキーピックを成功させ、牢屋の扉を開けて脱獄しようとする。そんなに驚くことかな?
「では某はこれにて」
ま、いいや、俺は少年に敬礼した後に逃げようとする。
「お、お前.....なんなんだよ......てか待ってくれ!」
「おおう?」
逃げようとした俺を少年は呼び止める。なんやねん。
「お、お前、開錠術があるなら俺の牢も開けてくれ! 俺は無実なんだ!」
「おk」
即答で俺は答えた後に、少年の扉を開け、中から先程の少年が姿を現す。
暗くてよく見えなかったが、間近で見るとその少年は少女のような整った顔立ちをし、衣服はボロを着ていた。
「......あ、あっさりだな」
「どういたしまして、では失礼」
「......だ、だから待てよ!」
と、少年が俺の袖を掴んで引き止めた。さっきからよく絡むなぁ。この子。
「なんやねん。ワテはこれから大冒険に出掛けるんや」
「お、おいおい、口調を急に変えるなよ。冒険したいんだろ? だったらうちに来いよ!」
「うち?」
「そ! 俺はだな......」
が、少年の言葉を待たずして、見張りの兵士が、脱獄した二人を見て大声を上げた。
「だ、脱獄だぁ!!」
「し、しまった!」
「よし、逃げよう」
━━━━━━━Ⅳ━━━
俺達は逃げた、兵士達から逃げた。
「はぁ......はぁ......」
「ほっ! ほっ!」
と、ある程度逃げた後、少年はある提案を俺に持ち掛ける。
「おい、このままじゃ捕まっちまう。お前、変な奴だが、中々面白い『眼』をしてやがるな、だから、二手に別れる、まずはお前は南、俺は北に向かって逃げる!」
「ほうほう、で?」
「でだ、あそこ、見えるか? かつて龍が住んでいたとされる山『ガラグイユ』。あそこの山頂で落ち合う! いいな?」
「了解! ではまた!」
こうして、俺は少年と別れ、兵士達の目を掻い潜りながら、王都の南を爆走する。
やっべぇなぁ。オラワクワクするぞぉ! 今俺は、あんなつまんない工場生活から、ロマン溢れるファンタジーの世界での冒険にジョブチェンジ出来たんだ!
イェアァ!! 異世界サイコォ!!
そして三時間後。
「うお? これはあれか? 貧困街ってやつかい?」
気が付いたら、華やかであった王都の中心地から離れ、俺は、今にも崩れそうな建物と、質素な服装の人々が行き交う貧困街と呼ぶべき場所に俺は居た。
「うーん、もう兵士は追ってこないか、んじゃ、えーと、じゃ、行くか! 例の龍が住んでいたとされる『ガラガラユ』の山へ!」
「いや、それ『ガラグイユ』じゃね?」
と、ボロボロの服を着た青年が俺に声を掛ける。
「あんた、なんかさっきまで国の兵士に追われてたな、あんましここに厄介事は持ち込まないでくれ」
「ソーリー、すぐにここから出て行くよ」
「それは困るわね」
ん? 何やらとても澄んだ女性の声が聞こえたので振り返ると、そこには派手な漆黒のドレスを身に纏った少女がいた。
一目見た時、俺は言葉を失ってしまった。あまりにも綺麗で、人形みたいだ、美しい。でも、この子貴族の子かな? それがなんでこんな貧困街に?
「あ、る、『ルシア』様! お久し振りです!」
先程の男性が会釈する。やっぱ貴族なのかな? 前に居た世界だと、こう言うファンタジー系の貴族って、表では良い顔してるけど、裏では権力を利用して悪さしまくってるのが定石だが、
「いいのよ。頭を上げてください」
......人を変な偏見で悪く言うのはよくないかな? だが、俺の警戒モードはまだ赤いぜ!
「そちらの御方。随分と珍しい格好をしてますね。旅の御方?」
「うーん、今日から旅に出ようと考えております」
「今日......ですか? でも、今はもう夕方ですよ? 夜に旅立つのは危険ではなくて?」
「いやでも、あの山の山頂に友達が待ってるしさ、今から行けば間に合うかと......?」
あれ? 今この人、悪そうな顔しなかった? 気のせいだよね? テンプレ悪役貴族じゃないよね?
「そう、それは残念、貴方を素敵な場所に案内してあげようと思ったのに」
「素敵な場所?」
「そぉ、貴方、少し前まで白昼堂々と王都の中心で騒いでいたでしょ? 他人の耳やら尻尾を触りまくって」
「み、見ていたのですね」
「ええ、そんな貴方に朗報、ワタシに付いてこれば、たぁくさん、ケモミミやら尻尾を触れるわよ?」
「マジすか!?」
なんという、なんという、悪魔の誘惑っ!
どうしよう、例の少年との約束があるし......ち、ちょっとぐらいいいかな?
俺の世界では貴族は悪役が多いが、えーと、このルシアさんだっけ? は、多分悪役じゃないはず、うん。
「行きます!」
「決まりね。では付いて来て、改めまして、ワタシは『ルシア ・エリスフォース』よ」
「自分は京介です! よっしゃぁ! もふもふ祭りじゃー!」
で、何故か近くの無人の小屋に案内された。
「? あれ? お屋敷とかじゃないんですか? ルシアさん。見るからに貴族っぽいのに」
「ごめんなさい。ワタシ、実は家出娘なのよ。だからもうお屋敷には戻れない」
「マジすか......で、俺のもふもふは何処に?」
「ここよ」
と、ルシアさんの頭から折り畳まれていた猫耳が立ち、腰から細長い尻尾が伸びた。
「あ、亜人だったんすか?」
「そ、たくさんではないけど、ワタシの事、好きにしていいわ......わにゃ!?」
「では遠慮なく」
「ちょ、ちょっと京介君! キミ遠慮なさす、ひぃ!?」
「指! 止まるところを知らないッ!!」
ふぅはははは!!
「は、はぁ、はぁ、き、キミって、結構激しいのね......」
なんか、息を切らして顔を真っ赤にしてるルシアさんを見ると、なんかいやらしい気分になる。ただ耳と尻尾触っただけなのに......。
「そ、それじゃ、ワタシのお願い、聞いてくれる?」
「ルシアさんの? ぜんぜん無問題っす!」
「そ、そう......では」
「むぐぅ!?」
急に顎を鷲掴みするルシアさん。え? なぜ?
「なるべく痛くしないから、ね」
ね、て、ちょぉ!? ルシアさん!? 何ナイフ出してんすか!?
ええ!? やり過ぎたのか!? 怒らせた? だ、だったら謝ります! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! ただ魔が差しただけなんです! 『魔』なだけに......あー! 今のなし今のなし! つまんない洒落言ってマジすんません!
「むご、むご」
顎固定されてて声だせねー! て、この人見た目のわりに力つっよ!? うわあ! もうだめだぁ!!
━━━━━━━━━━━━Ⅴ━━━
で、最初に戻る。
なんでルシアさんが俺にナイフを向けてきたのか知らないが、今、ナイフが俺の目に刺さるわずか3cm手前で静止している。
なんだこれ? 何がどうなってんだ? ......やっぱこれ、時が止まってる? もしかしてこれが俺の異世界にやってきたチート能力だったりする?
だとしたら最強じゃん! 俺異世界無双できる!
なーんて思ってたけど、これ、俺自身も動けないじゃん。なんでや? どこかの吸血鬼だったら時が止まった世界で自由に動き回っていたのに、
俺はこの時が止まった世界であれこれ考えていると、ある結論に至る。
あ、これ時を止める能力じゃない。『時が止まった世界を見ることが出来る能力』だ。
ショボッ! ......いのか? 凄いのか? 判断が難しいなぁ。
てか、そもそも、こんな能力でこの危機的状況をいかに回避するか......ん?
お、おお! これ、体は動かせないが、目玉だけが動かせるぞ! よ、よぉし! いつ時が戻るか判らん。今のうちに助かる手立てを......!
みぃつけたぁ。
ふふふ、迂闊でしたなルシアさん。これで貴女の敗北は確定した。
にしても、どうやったら時が動き出すんだ? ......『そして時が動き出す』。
て、うわ! 本当に動き出した! ええい、ままよ!
「うひぃ!?」
ルシアさんが手に持っていたナイフを落とし、腰から砕けて尻餅を付く。
「喰らえぃ!」
「うひぃ!!」
丁度手元にルシアさんの尻尾があって助かった。なんでルシアさんが俺にナイフを向けたのか知らない。が、この俺にナイフを向けた報いを受けて貰おう!
「秘技『制限なき快楽の毛繕い(アンリミテッド・グルーミング)』!!」
「うにゃあ!!?」
俺の毛繕いに捕まった者は皆平等に快楽の海に沈んでもらう!
.......取り合えず、近くに手頃な縄があったのでルシアさんを縛ってみた。
「う、うぅ、け、汚された......」
「でも気持ちよかったですよね?」
「そ、それは気持ち......よかったです。はい」
ま、なんだ、多分ルシアさんが襲ってくる事はないだろうから、俺にナイフを向けた理由を聞くとしよう。
「なんでこんな事したんです? 俺の勝手な見立てだと、ルシアさん悪い人じゃないですよね?」
「......だって、貴方のその『眼』。それはワタシが探してた『魔眼』なんだもん」
「魔眼?」
あれか、邪王真眼的なあれか? 俺が居た世界だと、ただの中二病単語だったが、ここでは中二病扱いされない、正真正銘の魔眼ってわけか!
「じゃあ次に訳を言ってくださいよぉ。訳もわからず眼をくり貫かれるのは、さすがに嫌ですよぉ」
「......」
「こんな事しなくても、訳さえ話してくれれば俺も協力しますよ」
よくもまぁ、自分の眼をくり貫こうとした相手に協力するとか言えるな、ま、いいか、俺は元々頭がおかしい奴だし。
「......言ったって」
「ん?」
「言ったって貴方は協力しないわ! その魔眼がどんなものか知らないけど、でも強力な魔力を感じるからかなり稀少価値なものだと思ったの! その力でワタシは『敵』を討ちたいのよ!」
oh......敵討ちが来ましたか、しかも泣きながら言う程だからよっぽどだろうなぁ。
「ほうほう、して、お相手は?」
「......『龍』よ」
「ふぁ?」
「ワタシは、ワタシの両親を殺した龍の首を討ちたいのよ!」
お、おう、龍が来ましたか、この世界の龍がどんなものか知らないけど、『言ったって協力しない』なんて言う程だから、相当ヤバい相手だろうなぁ。
「......ごめんなさい。貴方から魔眼を取り出したら、すぐにワタシの眼を移植してあげようと思ったけど......もういいわ」
さらっと恐くて凄いこと言ったなこの人。
と、ルシアさんが手首を縛られたままの状態でゆらりと立ち上がり、小屋の入り口へと向かう。
「え? いいの?」
「ええ、どっちみち、貴方の魔眼を移植したところで、ワタシに扱えるかどうかも怪しいし、それに......」
ん? 何だか外が騒がしいな。
「ルシア様ー! 御屋敷お戻りください!」
「こっちです! この小屋にルシア様が少年を連れて中に!」
「うわぁルシア様ー!? まだそう言うのはお早いですぞー!?」
ルシアさんの関係者か、やっぱこの人偉い立場の人なんだな。
すると、ルシアさんは悲しそうな顔をこちらに向けて別れの言葉を溢した。
「......京介。ワタシの我が儘に付き合わせてごめんなさい。貴方はこれから友達に会いに行くんでしょ? また王都に来てくれたら会えるといいね......さようなら」
「おう! ......と、言うとでも思ったかぁ!!」
「うぇ!?」
━━━━━━━Ⅵ━━━
「きゃあああああああああ!?」
「待てぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺はルシアさんを抱え、執事みたいな人と兵士数名に追われながらも、山を目指して再び爆走していた。
今度こそ、あの牢獄の少年と再会するために!
「ちょ!? お、下ろして! 君に迷惑かけたのは謝るから許して!」
「やーだー!!」
「も、もう! なんなの君は!」
「うるさーい! さっき悲しそうな顔をしたルシアさんが悪い!」
「え?」
「この世界の龍がどんな存在かも知らない! ルシアさんが何者かも、ルシアさんの過去に何があったかも俺は知らん!」
「だ、だったら......」
「だったら何やねん! 敵を討ちたいんやろ! やりたいことがあるんやろ! だったら我慢するな! やりたいことあるんなら! 叶えたい目標があるんなら! 周りを利用する程の我が儘を見してみいやぁ!!」
「っ!!」
「断言する! あのままルシアさんが御屋敷とやらに戻ったら、絶対後悔する! 一生後悔する! 目の前の女の子に『昔の俺』のような後悔は......させ......たく......」
ぶひー、ぶひー、は、走りながらカッコつけるってのは、い、意外と、し、しんどいでごわ......す。
「そこまでだこの誘拐犯!」
おわ!? 兵士さんに先回りされたぁ!! ......と、時よ止まれぇ!!
......ふぅ、再び時が止まった世界に突入、けどこの状況どないすんねん。
能力解除したら即捕まるやん。あんだけルシアさんの前でカッコつけて捕まったら恥ずかしいんだが......。
能力解除と同時にサイドステップを踏めば回避出来そうだが......人一人抱えて走ってるから体力が......お、落ち着け、素数を数えるんだ......2,3,5,7.......落ち着けるかぁ!!
う、うぉ!! な、何か、何かこの状況を打破できる手段は!
俺は時が止まった世界で唯一動かせる眼球を目まぐるしく動かしまくる。
うぉぉぉぉぉぉ、お? なんだ、空に船? 船が浮いてる? だから何だよ! ち、ちくしょぉ!
ん? 空、上? ......もうこれしかねぇ!
時よ動け!!
「う、おお!!」
「な、なにぃ!?」
や、やったぞぉ! 兵士さんが俺達に飛び掛かる時に身を低くした瞬間に、俺は兵士を踏み台にして跳躍した。うおらぁ! 成功したぞこんちくしょぉ!!
「おーい!」
「ん?」
俺は着地と同時に上を見ると、先程の空に浮かぶ船から誰かが顔を出している。
あ、あれは、
「牢獄の人!」
「ライだ! オレの名は『ライボルト・ジャッカー』だ! お前が来るのが遅いから迎えに来てやったぜ!」
あの空に浮かぶ船、飛空挺ってやつか! すげー ! どうやってあんなの浮いてんだ!?
すると、牢獄の少年ライは、飛空挺から縄梯子を垂らした。
あれに掴まればいいのか! よぉし!
「させるかぁ!!」
「むぉ!?」
いつの間にか、前方に数十名の兵士さん達が!? ルシアさんどんだけ偉い人なんだよ!?
「あれが、京介の友達なの?」
「おう! ......て、まずい!」
「え?」
「縄! ルシアさんの手に巻いた縄がほどけてない!!」
ここで痛恨のミス! 俺がさっき縛ったルシアさんの縄がほどけてない!? このままじゃ、あの縄梯子に飛び移れても、ルシアさんだけが、あの梯子を登れない!
「......行って」
「ホワイ?」
「京介。周りを利用するぐらいの我が儘を言えって言ったでしょ? だったら京介! ワタシを、龍の元に連れてって! いえ、連れて行きなさい!」
「!」
やっべ、こんな可愛い女の子にこんな我が儘言われたら俺......不肖『八幡 京介』。目の前の女の子の我が儘に付き合う所存じゃあ!!
時よ止まれ!!
さぁて、シンキングタァイム。
今目の前にある問題は、飛空挺から伸びる縄梯子に掴まるには目の前に立ち塞がる数十名の兵士さん達の包囲網を掻い潜ること。
仮に掻い潜れても、ルシアさんの縄をほどかない限り、俺達二人揃って縄梯子に掴まる事は不可能!
......よし、あの包囲網を突破する『ルート』は見えた!
後はルシアさんの縄......そうだ!
時よ動け!
「ライ!! ナイフだ! ナイフを俺に向けて投げろ!!」
「はぁ!? んなことしたら......」
「いいから早く! この子の縄を切りたいんだ!」
「て、おいおい、その子誰だよ!? まぁいい、どうなっても知らんぞ!」
文句を言いながらも、ライは俺に一本の夕陽に照らされ、光輝く一本のナイフを投げる。
「うぉらぁ!!」
俺は、先程の時止めの際に決めた兵士の包囲網を掻い潜るルートをミスする事なく突破する。
しかし、途中で俺の予想が外れて、別の角度から兵士の一人が飛び掛かって来ても、俺はその直前で時を止めて、突破できる選択肢を見出だしながら俺は兵士の猛攻を次々とかわし、俺は目の前に居る最後の兵士を踏み台にした所で再び時止め!
よし! このまま跳躍すれば兵士の包囲網を突破できる!
次に、ライが投げてくれたナイフがまだ空中にある。このまま取り行けば、最悪、ナイフが俺かルシアさんに刺さってしまう。
残念ながら、俺には飛んでくるナイフをキャッチできる自信はないが、『今の俺』ならキャッチできる自信がある!
ナイフのキャッチ。それは、ようはタイミングを間違えないこと! 俺は時が止まった世界で、ナイフが数秒後にどんな回転をして、どんな向きでこちらに向くか分析してから、俺は時止めを解除した。
「こ、こいつ!」
踏み台にしている兵士が暴れる。まだ、後二秒。
「降りろ!」
一、
「このやろぉ!」
0、今だ!
「とぉりゃ!!」
「け、京介! な、ナイフが!」
「大丈夫! 俺を信じろ! ぬぅぉ!!」
両手はルシアさんを抱えていて使えない、だから、『口でキャッチ』だぁ!!
「むが、むが!」
「え、えぇ!? け、京介、き、君は一体何者なの!?」
無事キャッチ! 何者だって? そう、俺はだな━━
「むげ、むがむご!」
くそぉ! 一番カッコつけるシーンで喋れないとか! 三刀流の剣士が羨ましい!
なんてどうでもいい! 口キャッチしたナイフをルシアさんに渡して、ルシアさん自身に縄を切ってもらう。
「ルシアさん早く! もうすぐ梯子に着いちゃう!」
「い、今やってる! あぁもう! こんな時に魔法が使えたら!」
やっぱ魔法あるんすね! なんて今はどうでもいい! 梯子に到着したけど、ルシアさんの縄がまだ!
「ルシアさん!」
「まだよ!」
ええい! こうなったら!!
「しゃんならぁぁ!!」
俺はルシアさんを片手で肩に担いで、片手で梯子に掴まる!
「ライ!」
「分かってる! だが、すぐには巻き戻せねぇ! そのまま堪えてくれ!」
ふぎぎぎぎ!! 片手で女の子一人抱えて梯子に掴まるのしんどいぃ!!
「ルシア様ー!」
なんか、地上で執事さんが叫んでる。
勢いでやっちゃったけど、これってかなりヤバイ事をしたのでは?
「ジィ! ワタシは必ず、お父さんとお母さんの敵を討って戻ってくるから待ってて!」
「ルシア様ー! お止めください! 龍に勝てる種族なぞこの世に存在しませぬぅ!!」
すると、飛空挺が大きく上昇して、あっという間に、地上から離れていき、俺達を追っていた執事と兵士達が小さくなってゆく。
━━━━━━━Ⅶ━━━
ルシアさんの縄が切れて、俺達は梯子を登って、飛空挺の甲板に上がる。
「よ! なんか災難だったな! えーと、そういや名前まだ聞いてなかったな」
「俺は『八幡 京介』。んで、この子はルシアさん」
「初めまして、ワタシは『ルシア・エリスフォース』。貴方がこの船の船長さん?」
「船長でもあり『団長』だ!」
「団長?」
すると、何やら屈強そうな人達がわんさか現れた。
なんだこの人達?
「オレ達は傭兵騎士団『クラスト』! この飛空挺と共に旅をしながら、オレ達を雇ってくれる場所を放浪してるんだ!」
「え? ライって傭兵だったの? しかも団長?」
見るからに華奢な体躯なのに、後ろのいい男達の方が強そうなんだが、ん?
「じゃあなんで捕まってたの?」
「え? いや、あれはだな......」
「団長の奴、一儲けしようと王都でオレ達を雇ってくれるようにドランク王国の国王に直談判したんだけどよ」
「賊だと勘違いされて捕まったんだよなぁ。しかも一週間も」
「るっせぇ! だいたいお前ら! なんで助けに来なかったんだよ! 」
「えぇ? そりゃ団長の自業自得だろ? オレ達に相談もなく国王陛下に会いに行きやがって」
「そうそう」
「だー! しょうがねぇだろ! 金ねぇんだからよぉ! 」
なんとも賑やか傭兵団だな。てか、こんな男達を束ねるぐらいだから、ライはメッチャ強いんだろうなぁ。
すると、ルシアさんがクスクス笑いながらライ達に声を掛ける。
「ねぇ、良かったらワタシが雇ってあげようか?」
「え? アンタが?」
「そう、貴方達が臨む金額を用意します。ですから......ワタシと『龍』退治をしてくれないかしら?」
「龍......龍? それ本気で言ってるのか?」
「本気よ」
「......」
「だ、団長、止めとけ、龍に勝てるわけねぇだろ?」
「ああ、この世界の『神』とも呼びべき最強の怪物だ、勝てる訳がねぇ」
ふぉ? 神? なんか凄そうだな。
しかし、龍の話を前にして、ライは高らかと笑った。
「......ふ、くくく、はーははははは!! 龍? おもしれぇ、乗った!」
「「えぇぇ!!?」」
「だって考えてもみろよ! 龍なんて魔王に次ぐ化け物じゃねぇか! そんな奴を倒したら、オレ達の名が売れる上に一生遊んで暮らせる金が手に入るぜ!」
「「結局金が目的かよぉ!!?」」
━━━━━━Ⅷ━━
そんなこんなで、俺は異世界でライが率いる傭兵騎士団『クラスト』と共に龍退治の旅に出た。
結局、ルシアさんが何者なのか知らないし、過去に龍と何があったかも知らない。
けどいっか、旅をしながらその謎を知っていけばいいし、......と、言うか初日から疲れた~。
だがしかし! 前の世界のブラック企業なんかよりかは、ましな疲労だ!
でも、ダルいものはダルい、折角だし、飛空挺の甲板に出て、夜の異世界の景色でも観ますか。
「あ、京介」
「おや? ルシアさん」
甲板に出るとルシアさんが居た。そのまま俺はルシアさんの隣に歩み寄った。
「ルシアで良いわよ。それより京介。今日は貴方に会えて良かったわ。ありがとう」
「うぉぉ!! これが異世界の夜景か! 真っ暗でなんも見えねぇ!! ......え? なんか言いました?」
「......な、なんでもないわよ! もぅ」
「あー、なんかごめんなさい。お詫びにまた耳と尻尾をモフモフしてあげますから」
「んにゃ!? ほ、ホント! ......あ、い、いいい今のなし! なしなんだから! そんなので許してあげない!」
あ、あー、へそ曲げちゃった。
「じゃあどうしたら許してくれます?」
「......敬語」
「ん?」
「ワタシに対して敬語は止めなさい。そしたら許してあげる!」
「え? えーと......『ルシア』」
「ふに!?」
え? ル、ルシアさん? 何顔を赤くしてるんすか? え? まさか、そんな、異世界ハーレムもののテンプレみたいに展開に......なるわきゃねーかぁ。そんな美味しい展開になるんだったら、今頃前の世界で彼女の一人や二人作っとるわ~、なっはは!
「な、何ニヤ付いて......ふにゃ!?」
「はは、ルシアさ......ルシアの耳と尻尾は良い毛並みでモフモフしがいがあるなぁって」
「そ、んな......は、はにゃぁ......きゅう」
また、気持ち良さそうにしてる。これ、手を放した時に怒られそうだな。
━━━━━━Ⅸ━━
「京介の奴、女連れ込んでイチャイチャしやがって」
二人の様子を物陰から見守るライ。その後ろからライの部下の一人が声を掛ける。
「団長。なんであの二人をうちの船に?」
「あぁ? そりゃお前、京介の奴は『魔眼』の持ち主だから。腕っぷしは無さそうだが、魔眼持ちな上に、あの判断力、胆力、そしてオレと同じ冒険好きときた。うちに入れない訳にはいかねぇだろ?」
「......確かに魔眼はかなり価値がある。今後オレ達の助けになることは期待できる。だが、女の方は何故だ? どこの誰かも知れねぇ小娘の戯言に何故付き合う?」
「分かってねぇなぁ。あの娘『エリスフォース』を名乗りやがった。エリスフォースと言えば、かつての『龍襲撃事件』の際に燃えカスになっちまった王国貴族。しかもあの女、首に『巫女の証』である首輪を下げてやがった」
「巫女!? て、言えば......まさか!」
「そ、龍の怒りを抑える役目を担う『龍の巫女』。年に一度、巫女に選ばれた生娘が龍の前で鎮静の舞を踊り、そして最後に龍の生け贄となる運命......大方、復讐目的で龍の巫女になったんだろ。どんな理由があろうと、あの娘と居れば龍に確実に会える。それがいつかは知らないが、オレも個人的に龍に用事があるからな。あの二人をしばらく利用させてもらおう」
━━━━━Ⅹ━━━
プルルルルルル、プルルルルルルル、ガチャッ
こちらエージェント『S』。無事に『八幡 京介』を『ドランク・クロニクル』の世界に転送することに成功。
......ああ、引き続き、彼の活躍を『小説』として読みながら監視する。
分かってる。『他の五人』も、ちゃんと監視してる。皆それぞれ主役を演じてるようだ。
これで、六人全員揃った。みんな結構曲者揃いではあったな。だが、それでこそ主人公。普通を逸脱した存在でなければ主人公は務まらん。
ああ、ああ、了解。監視以外の任務も順調だ。
何? 今すぐ教えろ? そう焦るなよ。んじゃ、切るぞ。
ブッ、ツー、ツー、ツー
「......教えるわけないだろ。小説家『アン=ボミス』の情報なんて、今のところ誰が『黒幕』と繋がってるか知らないんだからな。もしかした、アンタも今回の黒幕と繋がってる可能性があるな......『ボス』」
ドランク・クロニクル第二章に続く。
『ドランク・クロニクル』
両親を龍に殺された貴族の少女『ルシア』が復讐を誓い、龍の前で祈りを捧げる巫女になる決心をする。彼女は両親が残した家と財産を守りながら、いつか来る巫女の務めを王都で待ちながら過ごす日々を送っていた。
そんなある日、彼女は偶然にも国王の命を狙う賊と勘違いされ、幽閉されていた傭兵騎士団団長『ライボルト』と出会う。
彼と出会った事で、いつ来るのか判らない巫女の務めよりも、直接龍の居場所に赴く決断を取る。
彼と、彼が率いる騎士団を雇った彼女は、彼等と共に龍の首を討ち取る旅に出るのだった。
これが、本来のドランク・クロニクルのあらすじ、そこに『八幡 京介』君が加わって、よりストーリーが改変された。
さて、京介君、君はその静止の魔眼で何処まであの結末に抗えるかな?
楽しみにしてるよ。




