ハロウィン・キャンディ
ドラキュラ、魔女、ミイラ、ゾンビ、鬼。様々な化け物が賑やかに通りを渡っていく。
恐ろしげな表情に、狂ったような叫び声。
その隣にはマントをたなびかせるヒーロー、有名なキャラクター。よくわからないが、ハチャメチャな格好をしている者もいる。
もう夜なのに通りは明るく、化け物はどんどん増えていく。
なかなかにカオスな光景だ。
でも賑やかで明るくて、とても楽しそうだ。皆晴れやかな顔で笑っている。どこからか音楽が流れ、様々な色が洪水のように溢れている。
それに比べて、と自分を振り返ってみる。
何の変哲もない、いつものスーツ。一本にひっつめた髪、一日の終わりで崩れかけのメイク。
心身共に疲れて元気がない。死んだ目をしている自覚がある。
通りを歩いている人達とは全く違う。あれは化け物なのに目が生きている。生き生きとしていて、人生を楽しんでいる顔だ。
きっとあそこにいる人達はいつも明るく生きているのだろう。
そうではない私はぐったりとベンチに座ったまま、自己嫌悪に励んでいる。
今日は十月三十一日、ハロウィン。
ここ数年で一気に広まったイベントだ。
お店のディスプレイはハロウィン仕様に飾りつけられ、お菓子は飛ぶように売れていく。
仮装も年々派手になり、通りを埋め尽くす人々に警察まで出てくるようになった。
何ともおかしなイベントだ。
「だからこそ、私も元気に陽気になれると思ったんだけど」
結局何もないまま、今日が終わる。
ため息まじりに呟くと、体がより一層重く感じた。
肩にかけたままの鞄をベンチの空いているスペースに置くと、ガサリと音を立てる。
ちらりと鞄から見えるのは、コンビニのビニール袋。カラフルなキャンディの袋が透けて見える。
はあぁと深く息を吐いて、顔を手で覆った。
人見知りで、人付き合いが苦手。根暗で友達が少ない。社会人一年目の甘ったれで、要領も良くない。努力はしているが、あまり実らないタイプだ。
そんな私でもこのイベントに混ざることはできると、お菓子をあげて貰っての騒ぎができると思ったのだ。
だからコンビニのお菓子コーナーでキャンディを買って、これを機に少しは職場の人と距離を縮められたらなんて考えて。
結果は、開けられていないキャンディの袋からわかる通りである。
職場の人は良い人ばかりだ。
無理に距離を詰めるようなことはせず、程よい距離感を保ってくれる。
失敗して怒られることはよくあるが、理不尽に怒鳴られたことはない。
優しくて温かい人達だ。
だから、もっと仲良くなりたいと思えたのだけど。
その優しさを恨めしく思うなんて、思ってもなかった。
全部、私が悪いことなのに。
口が動かなかった。足も手も動かなかった。
笑顔でお菓子交換をしている人達の中に入れなかった。
彼らからの行動を待っても、誰もハロウィンの話を私に振らなかった。
それは人付き合いが苦手な私を思った行動で、きっと私が一言言えればよかった。
ハロウィンという単語を言えれば、鞄からキャンディを出せば、優しい彼らなら私も入れてくれたのに。
私は何もできなかった。
仮装をした人達で溢れる通りに来ても、何もなかった。
彼らは奇抜な格好をしているが、中身はまともだ。
仮装をしていない、ハロウィンを楽しんでもいない、ただの仕事帰りである人に声をかけることはしなかった。
いつもなら有難いことが、今日は心に突き刺さる。
私はベンチで項垂れたまま、動くことができなかった。
「トリックオアトリート!」
突然、とある声が降ってきた。
元気そうで明るい、若い男性の声だ。
気がつくと、目の前に誰かが立っていた。
黒いマントが最初に見えて、それを追って顔を上げていくと、かぼちゃ頭にたどり着いた。
頭をすっぽりと覆うかぼちゃは目と口の部分がくり抜かれ、発光塗料でも塗られているのかぼんやりと淡く光っていた。
目と口の部分は黒い布か何かで塞がれていて、かぼちゃの下にあるはずの顔は全く見えない。
ハロウィンの日には必ず目にする化け物。
かぼちゃのお化け。または、ランタンを持つ男。
「ジャック、オランタン?」
思わず呟くと、目の前のジャックオランタンはゆったりと頷いた。
「そうとも。さあさあ、トリックオアトリートと僕は言ったよ。お菓子をくれなきゃイタズラするぞ! ちなみにこの子達がね」
「……へ?」
よく見ると、ジャックオランタンの後ろには子供が三人いた。
三人ともかぼちゃを被っており、ジャックオランタンのマントの陰からこちらを見ていた。
仮装をしているのは頭だけのようで、服装は至って普通だった。女の子一人と男の子二人のようだ。
このジャックオランタンの仮装をしている人の子供だろうか。
「この子達は人見知りでね。僕が代わりに言ってあげてるんだよ」
トリックオアトリートと、ジャックオランタンが手を出すと、後ろの子供達も控えめに手を伸ばしてきた。
突然のことに驚きながら、どこか嬉しい気持ちになるのを感じた。
初対面の人にタメ口だとか、いきなりお菓子をねだるとか非常識ではあるが、今日はハロウィン。
私が求めていたものはこれなのだ。
横に置いた鞄からキャンディの袋を取り出し、勢いよく開けた。
何個あげようか迷って、手を突っ込んで一掴みした。
そのまま、女の子の手の上に持っていく。
すると、女の子は慌てて両手を出して受け取ってくれた。
「いち、にい、さん……ろく! わあ、ありがとう!」
女の子が元気よくお礼を言った。かぼちゃ頭のせいか、少しくぐもった声だった。
人見知りと言っていたが、キャンディでちょっと心を開いてくれたのだろうか。
嬉しくて顔が緩むのがわかった。
「ぼくにも!」
「ちょうだい!」
控えめに伸ばしていた手をぐいっと前に出して、男の子達が叫ぶ。
また袋に手を突っ込んで一掴み。一人目の男の子にあげる前に六個あるか数えてから渡した。
同じ数あげないと駄目だろう。
もう一人の子にも六つあげると、かぼちゃで見えない顔が笑顔になったように思えた。
「「「ありがとう!」」」
「……どういたしまして」
三人は顔を見合わせると、私に向かって元気よく明るい声でお礼を言ってくれた。
じんわりと心に染みて、自然と私も笑顔になれた。
「いやあ、君、ありがとうね。本当にありがとう」
ご機嫌そうに大人のジャックオランタンは私の手を握るとぶんぶんと上下に振った。
力がやたらと強く、体ががくがく揺れる。
それでも何か嬉しくて楽しくて、私はいつの間にか声をあげて笑っていた。
「あの、こちらこそ、ありがとうございます。えっと、私もハロウィンが少し楽しめました」
初対面の人を相手にするとは思わなかったが、やっとハロウィンらしいことができたのだ。
買ったキャンディも無駄にならずにすんでよかった。沈んでいた気持ちも、すっかり元気になった。
全部、目の前にいるジャックオランタン達のおかげだ。
「本当に、ありがとうございました」
「そうか。なら良かったよ。じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん、じゃあね!」
「おねえさん、ばいばい!」
「あめ、ありがとう!」
ジャックオランタンは最後に会釈して、子供達を連れて去っていった。
最初は静かだった子供達が元気よく声をかけてくれることがとても嬉しかった。
優しい彼らのおかげで、気分良く今日を終えることができそうだ。