中編
男に助けられてから、うさぎは毎日男の家に通いました。男の家はいつも温かく安全だったため、うさぎはすっかり男に心を許していたのです。我が物顔で小屋の中に入ってくるうさぎに、男は困ったような笑みを浮かべ、それでもいつもうさぎを迎え入れていました。
男は時折、うさぎを小屋に残していなくなりました。黒くて長い筒を持って出かけるときは動物を背負って帰ってきます。また、動物の皮を背負って出かけるときは、少しばかりの食べ物や飲み物を持って帰ってくるのです。
うさぎにとって遊び友達ができたことはこの退屈な冬をしのぐにはいいことで、男の行動に何も言うことはありませんでした。ただ一つ、気になることがあるとすれば、男の風邪がなかなか治らず、いつも咳ばかりしていることでした。
「病気なら、お薬をもらわなければならないのよ」
うさぎがそういうと、男はいつも
「そうだな」
と、はぐらかすように呟くのでした。
冬も深まる頃には、山の雪がずっしりと積もるようになりました。男は次第に外に出る回数が減り、壁に干された動物の毛皮が一枚もなくなるころには、ついに布団から出なくなりました。男の咳は止まるどころか、ずいぶん重くなったような気がします。
「ねぇ、大丈夫なの?」
「ゴホ、ああ、だいじょ、うぶだ」
「薬は買わないの?」
「そんな金、あるわけないだろ・・・ゴホ、ゲホ」
日に日に弱弱しくなっていく男を見て、うさぎは決心をしました。男が薬を買わないのであれば、自分が村まで行こう、と。
うさぎはほら穴に帰り、奥からきのみがたくさん入った袋を引っ張りました。うさぎが冬の間、食べ物にしようと思っていたものです。貯めておいたきのみを全て、薬と交換しようと考えたのでした。
「もともと助けて貰った命よ。あの男が楽になれるのなら、わたしはどうなったって構わないわ」
うさぎは山を下りる決心をしました。この頃のうさぎは男に慣れていたため、人間は本当は怖い生き物ではないのかもしれない、と考えていたのです。
雪道は決して楽なものではありませんでした。体の小さなうさぎは一生懸命きのみの入った袋を引っ張り、雪に埋もれながら何時間もかけて村を目指します。
うさぎが村に着くころにはすっかり日も暮れており、うさぎ自身も大変疲れていました。薬を貰うことしか頭になく、その上体力も少なくなっていたので、うさぎはなんの警戒もせずに村に足を踏み入れました。
日暮れということもあり、村の多くの人はそれぞれの小屋に入っており、村の道にはあまり人はいませんでした。
薬屋を探そう、とうさぎはきょろきょろしながら村を歩きます。すると、ちょうど一人の村人が小屋から出てきました。
「すみません」
うさぎは村人に声を掛けました。
「薬屋を探しているの」
「う、うさぎだ・・・!」
村人はうさぎを見てたいそう驚き、小屋の中に駆け込んでいきました。うさぎは不思議に思い、村人を追いかけました。
小屋に帰った村人は、なんと小屋の中から大きな刃物を持ち出してきたのです。
「冬の、白いうさぎだ!毛皮は、すごく高く売れるぞ!」
「どういうこと?わたしはお金にならないのよ」
「うさぎ、お前はあの山から来たんだろう?あの男め、山に白いうさぎなどいないと言っていたが、いるで
はないか!まあ、どうせあの男ももう死ぬ。これで、金持ちになれる・・・」
村人は、刃物を高く振り上げました。
その頃、男の小屋の焚き木が、静かに火を失いました。




