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前編

 とある村から少しばかり離れたところに、ひとけのない山がありました。その山は冬になると雪がたくさん降り、とても寒いので、冬の間は村の住民はその山に立ち入ろうとしません。

 ひとのいないその山では、1匹のうさぎが暮らしていました。

 そのうさぎはほら穴に住んでおり、真っ白でふわふわとした柔らかい体をしていました。

 うさぎの住むほら穴には冬になる前に集めたたくさんのきのみがあり、うさぎは冬の間はそのきのみを食べていました。外はとても寒いので、うさぎは滅多にほら穴から出ません。しかし、毎日毎日ほら穴にいるのはとても退屈で、うさぎはある日、外に出ることにしました。


「さあ、今日は山を見て歩こうかしら」


 うさぎは勢いよくほら穴から外の世界へと飛び出しました。まだ雪はあまり積もっていませんが、外の空気は刺すように冷たく、うさぎは大きく身震いしました。


「とても寒いわ。やっぱり、ほら穴に帰ろう」


 体の小さなうさぎにとって冬の寒さは痛く、楽しいものではありませんでした。幾何もしないうちに、うさぎはほら穴へと帰ろうとしました。山にはたくさんの植物がありますが、みんな雪をかぶって白くなっており、ほかの動物もみな巣から出てこないため、うさぎには外の世界も退屈に感じられたのです。

 ぴょんぴょん、と急ぎ足でほら穴に帰ろうとすると、うさぎの大きな瞳にあるものが映りました。


「あれは何だろう?」


 澄んだ空にむかって一筋、まるで綿のような白い靄が伸びています。うさぎは好奇心に胸を躍らせて、靄に向かって駆け足で走り出しました。

 山の中腹には、大きな木が生えている野原があります。今は雪で真っ白ですが、春になると緑がおい茂り、花はあまり咲きませんが、うさぎの大好きな遊び場となります。どうやら、その白い靄は野原のある方角から出ているようです。

 野原についたうさぎは、野原にあるものを見てたいそう驚きました。

 なんとそこには、小さな小屋が建っていたのです。小屋があるということは、人間がいるということ。うさぎが見ていた靄は、焚き木の煙だったようです。


「わたしの野原に人間が来てしまったわ」


 うさぎにとって人間は怖いものでした。自分より体の大きな生き物は凶暴で、食べられてしまうと思っていたからです。

 うさぎは急いでほら穴に帰ろうとしました。しかし、くるり、と方向転換をした瞬間、突然木の陰から大きな犬が飛び出して来ました。


「いぬだわ!」


 うさぎは急いで逃げようとしました。しかし、ここは見晴しのよい野原。隠れられる場所は人間の住む小屋しかありません。それに、うさぎは足が速くありません。おろおろとその場を右往左往とするうさぎの首元を、犬ががぶ、と銜えました。


「下ろして、助けて、私を食べないで」


 うさぎは必死に身をよじりましたが、犬の鋭い歯はしっかりとうさぎの首の皮に刺さっており、痛みと恐怖がうさぎを覆いました。

 ああ、外になんて出なければよかった。

 うさぎは泣きながら後悔をしました。食べられる、と身を固くしていましたが、犬は動く気配がありません。それどころか、咥えていたうさぎを離し、尻尾を巻いて逃げていきました。

 疑問に思ううさぎの頭上から、低い声がしました。


「大丈夫か?」


 ぱっとうさぎは顔を上げると、髭の生えた、大柄な男が立っていました。


「人間だ!」


 うさぎは慌てて逃げようとしましたが、首の傷が痛み、うまく前足が動きません。

犬に襲われた次は人間に見つかってしまった。今度こそもうだめだわ。

 うさぎは伸びてきた男の手を見て、目を固く瞑りました。


「大丈夫だよ、俺は君にひどいことはしない」


 男はうさぎを優しく抱きかかえ、野原を歩き出しました。どうやら、うさぎが見た小屋は男の家だったようです。うさぎを連れて男は小屋の中に入っていきました。

 入口でうさぎは息を止めました。

小屋の壁一面には、熊、狼・・・様々な動物の毛皮が干されていたのです。

 身をすくめるうさぎに、男は言いました。


「俺は、動物の毛皮をはいで、売る仕事をしているんだ」


「わたしの毛皮もはぐの?」


「いいや、うさぎははがないよ。お金にならないからね」


 男は焚き木の近くにうさぎを寝かせ、首の怪我の手当てをしました。うさぎは男が自分を助けて熟れたこと、そして男の言った言葉を信じることにしました。

 しかし、なぜ男が来ただけで犬が逃げていったのか、うさぎにはわかりませんでした。そもそも、なぜ男がこの野原に住んでいるのか。たくさんの疑問がうさぎの頭にうかび、うさぎは男に質問をしました。


「なぜ、いぬはあなたを見て逃げたの?」


「きっと、匂いだろう。犬は鼻がいい。俺は獣を殺すからね。きっと、獣の匂いが強くて、鼻がやられたんだ」


「じゃあ、あなたの近くにいれば、いぬに襲われることはないのね」


「そうだろうな。俺の近くにくる犬なんていない」


「いつからここにいるの?わたし、全然気づかなかった」


「まあ、冬になる前に来たばかりだからな。幾月も経っていないだろう」


「なぜ、あなたはここに住んでいるの?人間は、山の下に住んでいるのに」


「さっきの質問と答えは同じだ。匂いが酷い。それとな、山の下の村では動物を殺す仕事をしているヤツは、人間じゃあないって言われているんだよ」


「あなたは人間なのに?人間じゃないの?」


 うさぎには男の言っている言葉の意味がわかりませんでした。難しそうに首をかしげるうさぎを男は鼻で笑い、お前は知らなくていい、と頭を軽く撫でます。

 人間に撫でられることは、うさぎにとって初めてのことでした。うさぎが気持ちよさそうに目を閉じそのぬくもりを甘受していると、突然、男は大きな音を立てて咳をしました。


「ゴホッ、ゴホ・・・ゲホ」


「あら、風邪かしら?寒いものね」


 うさぎは自分の隣に座る男に自らの体を寄せ、男の体を温めようとしました。ありがとう、と掠れた声でお礼をいう男に、うさぎは満足げに笑うのでした。


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