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『君とお前に捧ぐ愛』 鉤咲蓮

作者: 鉤咲蓮

やばい。

これはもう、恋だ。



自覚症状は随分前からあった。

その姿を見ているだけで、心が高ぶった。

他人の手が触れていると苛立った。

自分がどうにかなるんじゃないかってくらい、「もうたまらない」とはこの事。

でも手を出してしまったら、きっとあっという間に消えてしまう。

そりゃ、少しの間は甘美な時間に浸れる。

でもすぐに終わりが来てしまうのだ。


とろけるような触れ合いが終わって、全て失ってしまう時が、俺はとても怖い。

また次を手に入れればいいじゃないかなんて人は言うけれど、

それでも、この世には何1つ同じものなんてないんだ。



「あぁ、だから俺は君に手が出せない…!」

「…和也かずや…」


どん、と机を叩いて項垂れる俺を、かおるがためらいがちに呼ぶ。

その声はどこか焦燥していて、たぶん悲しみと苛立ちが混じったような、そんな顔で見られてるんだろうと思った。

薫には似合わない。できれば笑っててほしいけど、今の俺には薫を笑わせる余裕はなかった。

強く握っていた拳から、腕から、肩から力を抜く。

泣きたくなるような心地で、俺は椅子の背もたれに体を預けた。


「臆病者の俺を許してくれ…いつか、いつかはやらなきゃいけないのはわかってる。

 だって君は限られた時間を生きてるわけで、俺よりずっとか弱いんだ」

「…それがわかってるなら、何で」


薫は形の良い眉を寄せて、まるで責めるような声色で言う。

実際、責めてるんだと思う。今一歩で踏ん切りがつかないままの俺を。


「…いずれはって思ってる。でも今は…今はまだ、見てるだけで俺は幸せなn」

「いいから早く食えよ!!」

「ぶっ!!」


スパァン!

爽快な音が響く。薫が英語のノートで俺の横っ面を張った音だ。

教室中から俺と薫に視線が集まった。


「いっつ…何すんだよ薫!」

「てめぇがガタガタ言ってるからだろうが!いい加減うんざりだ!!」

「なっ…俺にとっては死活問題なんだよ!この苦しみをどうすれば」

「食いたいんならさっさと食えって、何千回言わせりゃ気が済むんだこの馬鹿!!」

「食いたい!食いたいけどお前、こういうのは相手の気持ちも大事だろ!?」

「ただの梅干しだろうが!!」

「ただの梅干しじゃねぇ、干し梅だ間違えんな馬鹿!!」


これだけは譲れねぇ!!

俺はそう叫んで、机に置いてあったもの――まろやか干し梅さん(賞味期限:来春)を薫につきつけた。

今この瞬間の薫の顔を皆に見せてやりたい。

蔑みとも憐みともつかない。

どっちだ、どっちなんだ我が友よ!!


「買ってやったんだからさっさと食えよ…」

「ありがたい。ありがたいけど食えねぇ!もどかしいこの思い!」

「しね」

「何で!?」


しれっとした顔で暴言を吐いた親友、薫。

いわゆるクール系イケメンで女子にモテモテ。

でも今飲んでる紙パックジュースは「とぐろまむし汁」。

変な奴だけどそこが面白い。


ちなみに今は昼休みで、俺と薫は席が前後だから一緒に飯を食ってたわけで。

飲み物買いに行くついでに何か頼むーって言ったら、薫は俺の大好物を買ってきてくれた。


「昼飯のデザートにでもなんのかと思ったよ」

「デザート?干し梅は主食だよ、俺の」

「くたばれ」

「だから何でだよ!!」

「主食なのに食えないんだろ。くたばるしかないだろ」

「食うよ!3…4週間以内には食うよ!」

「……」


まむし汁を啜りながら、薫は冷え切った目を俺に向けた。

でもこうなるのがわかってて買ってきたんだろうし、

薫は薫で、俺が干し梅好き過ぎるのを面白がってるんじゃないだろうか。とか思う。

…俺はガチで辛いんだけどな!ちくちくと痛むこの胸!切ない恋心!


「青春の1ページ!燃え盛る嫉妬の炎!言えない想い!」

「声に出てる」

「え、嘘」

「あとお前気持ちは言ってるだろ。言えないとか言ってるけどダダ漏れだろ」

「そうだった!」


ハッとして深刻な表情で頷くと、薫が苦笑した。

先程も言ったようにこいつはクール系なので滅多に笑いません!貴重です!

クラスの女子が携帯向けてるけど時既に遅し、シャッターチャンスは数秒。

俺はきらりと歯を輝かせて(るつもりで)ポーズをとる。


「干し梅への愛をささやく事は俺の日課だからな…」

「必要性が全くない日課だな」

「いやいや、これが結構大事なんだ。この溢れんばかりの愛。

 心中に留めていたら俺はきっと、苦しみ悶えて死んでしまう」

「…お前、それさえなければ少しはモテるのにな」


遠い目で薫が言う。

馬鹿だなぁ、と呟いて俺は肩をすくめた。

訝しむ薫ににっこりと微笑んでやる。


「俺は女子にモテたいんじゃない。干し梅にモテたい」

「今までフッた子全員に土下座しろ」

「何でだよ!別に俺の勝手じゃねぇか」

「はぁ…干し梅にモテるってどういう状況だよ」

「そりゃ、ありとあらゆる種類の干し梅が、じゅるり、俺の、うへへ、周りにぃ…」


スパァン!

薫の英語ノート攻撃がまたしても俺の横っ面にヒット!

さっきより痛いぜマイフレンド!


「何でまた!?」

「気色悪かった」

「親友からまさかの軽蔑の言葉」

「お前のそのマニアっぷりは誰でも引くわ」

「そうか?お前も食えばはまるのに…」


というか、このとろけるような甘味と、くっと頬を突く酸っぱさ。

虜にならない人間がいる事自体が驚きだ。

世の中には不思議な人種もいるもんだよなぁ…


「何、和也はまた干し梅食べてるの?」

「……」

「おー、栗原」


柔らかい声に、俺は笑顔で軽く手を振って応える。

逆に薫はむすっとした顔で、あえてそっちを見ないようにしていた。

栗原は隣のクラスで一番の美男子…とか言われてる奴だ。

中性的っていうかまぁ女顔で、声も高め背は低め。

『あの噂』の一番の有力候補。


「今度僕も買ってあげようか?別の種類のやつ」

「マジで!?」

「うん、いいよ。和也とは仲良くしたいからね」

「サンキュー!お前いい奴だな~」

「ふふ、それじゃあまたね」

「おぅ!」


さっさと自分の教室に戻ってく栗原を見送って、俺はまた手を振る。

…って、あいつ何しにうちのクラス来たんだ?

俺と喋っただけで帰っちまったけど…まぁいいか。

教室の入り口に向けてた目を自分の前に戻すと、薫は頬杖をついて顔をしかめていた。


「お前…わかりやすくぶすっとしてんなぁ」

「してない」

「栗原、お前にも笑いかけてたのに」

「…あれは挑発してたって言うんだ」

「へ?なんで?」

「お前には一生わからん」


わー、ギロリって効果音つきそう。

薫はなぜか俺を思いっきり睨んで、またそっぽを向いてしまった。

でも拗ねた薫は放っておけば勝手に話しかけてくるので、俺は放置します!

机の上のまろやか干し梅さんをそっと持って、見つめる。


…やばい、唾液がやばい。

好きだ。好き過ぎてやばい。俺もうぶっ倒れそう。

人生で一回くらいは何個か一度に食うっていう暴挙を果たしてみたい。

でもそんな勿体ない事今の俺には…

いやいや、俺はまだ10代だからね。ヤング☆ボーイKAZUYAにはとてもそんな真似できねぇから。

ガラスのハートなお年頃だから、繊細な俺にそんな非道は働けないから。

ああでも食いたい。とりあえず食いたい。

けど一度開けちまうと「開封後はお早めにお食べ下さい」になっちまう…!


「…なぁ、お前さ」

「ん?」


干し梅に想いを馳せていると、思った通り薫が声をかけてきた。

何か言いづらい事でもあるのか、視線をさまよわせている。


「あの噂どう思う?」

「あの噂って、栗原が本命とか言われてるあれ?」

「…そうだよ」


あの噂、というのは

実はうちの学校には男装して通っている女子がいるらしい、というあれだ。

第一子が女子の場合は男として育てる、なんて古いしきたりがある名家なんだとか、

理事長がその家にかなり世話になってるから融通を利かせて…とか。

そんな噂だ。


「どうって言われても…嘘でも本当でもどっちでもいいかな」

「その辺の奴は、それ信じて栗原狙おうとか言ってるのもいるだろ」

「あぁ…それは仕方ないだろ。栗原女だし」

「……は?」

「は?」


俺は何か、変な事を言っただろうか。

目を丸くして俺を凝視する薫を見返すと、ややあって薫は瞬きして目をそらした。


「お前…何でそう思うんだ?惚れてるとか」

「それはないけど、まぁ見るからに女じゃん」

「……」


とはいえ、男にだって見える。

あいつは運動神経も抜群だから、男と信じて好きになる女子もいるけど。

俺は女だって知ってました。


「…問題だと思わねーの?」

「別に?あいつ良い奴だし。干し梅くれるし」

「はぁ…」


薫が盛大にため息をつく。

俺はもうこの15分くらいで今は干し梅は食えないと察して、

鞄を整理してそっとまろやか干し梅さんをしまった。後は家で悩む。


「お前は本当に干し梅ばっかりだな」

「まぁな。これぞ俺の青春だよ」

「うぜぇ」

「辛辣だなおい」

「そんなんじゃ一生彼女できないんじゃねーの」

「いやいや、それはないだろー」

「はぁ?」


イラッときたのか、薫の眉が跳ね上がる。

俺の眉間に突き刺さりそうなほど近距離に人差し指を突き付けて、わぉ、指長っ!

こいつ絶対モデルとかできる。バイトで稼げそう。

…ってのはおいといて。薫はビシリと俺を指さして言う。


「何をどうしたらお前に彼女ができるんだよ」

「?だってお前俺の事好きじゃん」

「そん……、」

「そん?」

「……………お前今なんて言った」


たぶん「そんなのは…」とかなんとか言おうとしていた薫が、まぁ見事に固まっていた。

ピッと伸びていた指が曲がり、力の抜けた手が机に落ちる。

薫は俺を見つめたまま、なんか青ざめていた。


「だから、お前俺のこt」


ズパァン!

教室に盛大に鳴り響いたファンファーレ!OK!俺の意識が飛びそうです!!!


「いっってぇええ!!」

「しね。くたばれ馬鹿。能無し。ド阿呆。何も喋るな。そのまま逝け」

「いつにも増してひっでぇ!!」


頬を押さえて叫ぶ。

本日3度目のノート使用で、流石に教室中の視線が集まっていた。

それでもまぁ「またあいつらか」とすぐ視線が散っていくくらいには、俺が叩かれるのは日常茶飯事なんだが。

…あ、Mじゃないよ言っとくけど。俺は好きな子はいじめたい派です!

薫は顔が赤くならないよう必死に怒ろうとしてるらしく、俺を見ないようにしつつ拳を握りしめている。

ぶっちゃけその拳が飛んでこないかヒヤヒヤ。


「…いつから気付いてた」

「だんだん、なんとなく?」

「……ごめん。気持ち悪いだろ」

「へ、何で?」


聞き返すと、薫は訝しげに俺を見た。

何が言いたいかはまぁ大体わかるけど、こいつは自分が割と可愛い女だって事気付いてないのかな。

…あぁそう、「女」ね。皆ここ間違えないでね。


「だっ…てほら、俺もお前もおと…」

「お前女でしょ?」

「……」

「ごまかせると思ってんの俺を。好きな奴の事くらいすぐわかるって」

「な…」


今度こそ顔を真っ赤にしてやりました。

やりましたよ全校女子生徒の皆さん!

でも見せてあげない、これは俺のだからね!

席が教室の隅なのをいい事に、それとなーく庇います。


「し、正気か…?背高いし、…男にしか、見えないはずだ」

「いやいや普通に美人だからねお前。自分で思ってるほど男っぽくないよ」

「…和也、お前」

「ん?」

「知ってたなら早く言え!!」

「ぶはぁ!!」


本日4度目いただきました!!

1番音出てたし1番力入ってたし1番痛い!!

でもその「俺が今までどんな気持ちで…!」っていう顔最高!

その顔見るために俺も今まで耐えました!!


「ったく…!!」

「そんな怒るなって。んで、付き合いたいんだけどいい?」

「……い、いいけど…家のしきたりだから、格好とか口調は…その」

「あ、アレお前の事だったんだ。じゃ色々隠さないとなぁ」

「……」

「大丈夫だって、人の前では友達のフリすればいいんだろ?平気平気」

「…和也」


ふ、と安心したみたいな、やわっこい笑い方。

これも超貴重、できれば写真撮りたいなぁ。

でもそんな暇ないから俺!俺がんばれ超頑張れ!いつでも思い出せるように焼き付けとけ!

なんて考えてたら、薫の笑い方がなんか変わりました。


「そういえばさ、お前って…」

「ん、何?」

「干し梅と俺ならどっちが好きなの」

「………に、2週間くださ」

「悩むのかよ!!!」

「ぐっはぁ!!!」


――ああでも、俺には選べそうにないんだ。


だから頼むよ、神様仏様薫様。



…二股じゃ、駄目ですか……?





Fin.



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―



おまけ(和也&栗原 会話文のみ)→


「へぇ、付き合う事にしたんだ。よかったね」

「おぅ!」

「派手に頬が腫れてるけど、幸せそうだね」

「最後拳で殴られたからな…。お前はどうなの?最近」

「ふふ、1年生の女の子が、ラブレターをくれたよ。可愛くってね」

「へー。まぁ俺薫以外興味ねぇけど」

「僕だって薫以外興味ないよ。大事なお姉様だからね」

「いいのか?あいつ、お前苦手みたいだけど」

「わざとだよ。『分家の跡取りが、本家への腹いせに彼氏を狙ってる』…そう思わせたくてね」

「何、お前そんな事考えてたの?タチ悪ぃな…つか親戚なら早く言えし。お前趣味かと思ってたわ」

「趣味とも言うね。男のフリをすれば、女の子が寄ってくるから」

「幼馴染とはいえ末恐ろしいな…その内俺刺す気じゃねぇだろうな」

「いや?薫の相手は僕が認める奴じゃなきゃと思ってたからね。和也なら、まぁ、いいよ」

「お?マジか。さんきゅー」

「嫉妬する薫も可愛いけれど、それが見たいからって嫌いな奴に近付こうとは思わないからね」

「ま、お前男嫌いだしなぁ」

「綺麗な男ならいいけどね。ま、やっぱり女の子の方が可愛くて好きだな」

「お前、その内本当に彼女作ったりして」

「争いの種は作らないよ。僕は好みのお人形たちは揃って侍らせたいタイプだから」

「ふーん…よくわかんねぇなぁ」

「あ、まだ振り向いちゃ駄目だよ和也」

「は?」

「君の後ろーの方に薫がいるから。僕が笑顔で手を振ったら、振り返るんだよ」

「おー、ほんとだ。あはは、拗ねてるぞあれ」

「可愛いなぁ、薫は」

「機嫌戻すの誰だと思ってんだよ…いいけど」

「あーあ、戻っちゃった。いっそ僕を呼び出して怒ってくれたら楽しいのに」

「あいつの性格じゃそれは早々ないって。じゃ、俺追いかけるから」

「そうしてよ。じゃ、またね」

「おう、また今度な!」


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