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世迷言を述べる

作者: 丘/丘野 優

この物語はフィクションです。

「……なにこれ、姑?」


 はっ、と鼻で笑いながらかちかちとマウスを動かしているのはその部屋の主である細身の眼鏡をかけた男、桧山啓二ひやまけいじの大学の同級生であり、かつ恋人でもある田中博美たなかひろみであった。


 博美が何を見て笑ったのかは、机の上にあるパソコンのディスプレイに映る内容を見れば自明である。

 啓二は大学の学生としての生活の傍ら、暇つぶしにと小説投稿サイトに小説を投稿している。

 そして、そのサイトには便利な機能がいくつもあるのだが、その中には作品に対する感想を書いたり読んだりできる機能があった。


 博美が見ているのは、まさに啓二の作品につけられた感想の数々である。


「……『やる気はあるんですか? あなたの更新速度を見る限り、とてもではないですがそうは思えません。笑』……『この作者、まじ文才無さすぎ』……『もう少し先の事考えて書いたらどうですか?』……厭味のオンパレードじゃん」


 そう言われて、啓二は苦笑した。

 彼女の言いたいことはよく分かるが、そのサイトにおいてそう言った感想はむしろ普通だからだ。

 中にはもっとひどいものもあり、人格批判までし始める者もいる。

 むしろ、彼女があげたのはマシな部類に入るかもしれない。


 そんなようなことを説明すると、博美は眉をしかめ、それから、うぇぇ、と呻いて、


「今時、姑でもこんなこと言う奴いないんじゃないの? 私、結婚した先の姑に『博美さん、やる気はあるの?』とか『お料理が美味しくないわ。才能がないわね』とか『ちゃんと先の事考えているの? 私の老後とか……』とか言われたら多分ぶん殴りたくなるけど」


 なぜ、博美が啓二の作品の感想を見て姑か、と突っ込みを入れたのかと疑問に思っていたが、なるほどそうやって重ねていたのかと面白く思う。

 確かに言われてみると構造が似ているかもしれない。

 どうでもいいことをチクチク言って、やる気を削ぐ感じが。


 とは言え、小説の感想はあくまで現実的に顔を合わせることがない。

 忘れようと思えば忘れられる。

 それに結局のところ現実でも非現実でもそのような輩は、注意しようと文句を言おうと所詮無駄であり、我関せずの態度で接する以外に方法は無い。

 そもそも、ふじこふじこしてる人間に何を言っても無駄なのは、ネットだろうと姑だろうと同じことだ。

 叩かれ過ぎてもはや何にも気にならなくなっている啓二が、博美にそんなことを言うと、


「……大丈夫? あんた麻痺してない? 色々……」


 と心配された。

 啓二は、首を振って笑い、それから博美の作った料理を食べたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 博美は啓二の家にたまに来て、雑談をしたり本を読んだり、本当にどうでもいいことをして一緒に過ごすような、そんな人だった。

 ただそれは割と幸せで、落ち着ける、そんな日々であると啓二は思っている。


 啓二は昨日まで自分が小説をネット上で公開している、などとは彼女にすら言わなかったのだが、なんとなくもうそろそろいいかと言ってしまったのが昨日である。

 どんな反応が返ってくるのか、少し楽しみに思っていたのだが、彼女がもっとも興味を示したのは感想だったというわけだ。

 啓二の小説自体にはあまり興味を示さなかったのがなんというか少し残念だった。


 それから、雑談の話題の一つに、啓二の小説の感想のことが上がるようになった。

 特に、彼女が啓二にしきりに尋ねるのは、啓二が感想一つ一つについてどういう気持ちを抱いているのか、ということだった。


「昨日のみたいな感想はどう思ってるの?」


 そう聞かれて、啓二は正直に答える。


「そうだね……面白いと思ってるよ」


「それってどういう意味?」


 更に深く聞かれて、啓二は少し、考える。


「……ええと……なんていうかな。昨日の姑の話じゃないけどさ。ああいうのって、面と向かって言われると凄く腹が立つけど、少し離れた位置から見てるとさぁ、なんか滑稽な感じがしてこない? 昼ドラとかで『まぁ、○○子さん、まさかあなたのような方が家に嫁げるなんて夢を見ているとは! 身の程知らずもこのことね、オホホホッ!』とか笑う人がいたとしてさぁ、実際に自分の姑がそれだったらいらいらしたりショックだったりするのかもしれないけど……一視聴者としては吹き出すくらい笑えるじゃん。こんな底ぬけの馬鹿は流石にいないだろ、って思って」


「でも、絶対にいないとは言い切れないじゃない。それに、啓二の場合は実際にこの世界のどこか――多分日本にいる人が、わざわざ書いているわけでしょう? 傷つけようとしているのか、真剣にそう考えて書いているのかはわからないけど」


「まぁ、そうだけどね。でもやっぱり顔は見えないし……なんか非現実だよ。それにたとえば昨日言ってた「文才なさ過ぎ」とか書いてた人なんか、そのしばらく前の感想では「この作品は面白い」って書いてたりもしたし……なんていうか、気分なんだよね。腹が立ったら腹が立ったまま書いて、冷静なときは冷静に書くんだよ、人は。俺は……文章とその人の人格とが必ずしも一致するとは思ってないけど、作家みたいな人たちは自分の人格と切り離したところで文章を書くことも出来るけど、そういう技術が無い人もいて、そういう人の書いたものっていうのは、書いた時の気持ちがそのまま出るんだよね。文才なさすぎ、の人がまさにそれでさ、面白いって書いた時は面白かったんだろうし、文才なさすぎって書いた時は本当にそう思ったんだと思うよ。いるじゃん、そう言う人」


 博美は啓二の話を頷きながら聞き、それから言った。


「でもそういう人って……付き合うの大変じゃない?」


 その言葉に啓二は笑う。


「そりゃあ、そうさ。まさか現実で同じことはしてないだろうね。してたら、本当にただの馬鹿だ。ネット上だから、匿名だから、出来るだけなのさ。そしてそう思うとそんなに腹も立たない……まぁ、当たり前だけど友達になりたくないし、関わり合いにもなりたくないけどね……そして、そんな俺の気分を反映してくれる機能もサイトにはあるから、問題にないさ。ブロック機能って言うんだけど」


 そして啓二は、迷惑だったり関わり合いになりたくないユーザーを指定して接触を断てる機能であるブロック機能について説明した。

 すると博美は言う。


「へぇ……だったら安心ね。ところで啓二。あなたはどういう基準でその……ブロック? っていうのをしてるの?」


「そうだね……これと言って明確な基準は無いけど……」


「でも、何人かはブロック指定してるんでしょう? それはなぜ?」


 随分と突っ込んで聞くなぁ、と啓二は思ったが、ただの雑談である。

 特に気負わず彼は答えた。


「そうだね……単純に言えば、好きになれない人、って感じかな。感想でどれだけ間違いとか指摘されても、特に腹が立たない、むしろありがたいって思う人もいれば、一言でいらいらさせてくる人もいるんだけど、俺はその、いらいらした時にブロックすることにしているよ。だって、感想の内容が正しいとか間違っているとか言う以前に、たぶん人間として合わない、嫌い、そういう相手なんだ。関わり合いにならないのが一番じゃないか。きっと現実であっても友達にすらなれないだろうしね」


 はは、と啓二は笑った。

 博美は、


「確かに……そういう人っているわね。なんとなく仕草が気に入らないとか、言い方が腹が立つとか、いちいちうるさいとか、現実にもいるものね。まぁ、現実になってくると、ブロック機能なんて存在しないから、接触を断つぐらいしか方法はないけど」


「ま、現実はドアのカギを締めておけばいいんだからむしろ簡単かもしれないよ。学校とか会社の付き合いってなるとどうしようもないところは、難しいけどね」


 そう言って、話を締めた。

 それから、食事をして、啓二と博美は食事をして、眠ることにした。


 眠る前に、電気のスイッチに手をかけた博美が言った。


「ねぇ、啓二」


「……何?」


「私ね、『歯車』って言うの。聞き覚え、無い?」


 唐突な言葉に、啓二は首を傾げるが、瞬間、その名前に心当たりがあることに気づく。

 それは、まさにブロックユーザーに指定して半年を経過した、昔非常に腹立たしいことばかり書くユーザーの名前だった。


「……」


「何か言ってよ……啓二。ふふ……まぁいいけどね。おやすみなさい、啓二。ドアを閉めても、逃げようがないわよ」


 博美はそう言って、電気のスイッチをぱちりと押した。

 暗闇が重く伸し掛かってきた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 喜劇と|悲劇《ホラー》は紙一重 傍と内では見処違え 情に竿させば流される 私は笑いましたが怖がるひともいる それは人というものをどう見ているのかの違いなんでしょうが 恋人くらいは信じてやり…
[気になる点] 「そして啓二は、迷惑だったり関わり合いになりたくないユーザーを指定して接触を立てる機能であるブロック昨日について説明した。」 →「接触を断てる」「ブロック機能」 [一言]  文体はい…
[一言] 怖い。面白い。ただホラーと違ってズドン感が足り無かった。まあ怖いし面白いけど。
2014/08/29 21:27 退会済み
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