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不安はあるけど

「すみません、わざわざ時間割いてもらってありがとうございます」


「いいよいいよ。週末だし、一人暮らしだから勤務開放後は暇だからちょうど良かった。それよりごめんね、散らかってて。それと、僕に対してはかしこまらなくていいよ。コミュニケーションは円滑なほうがいいから、タメ口でも敬語でも、好きなように喋ってよ」


 部屋を見られて恥ずかしそうに頭を掻く、会社ではあまり見ない汐入さんの一面。それがちょっと可愛い。


 私は「うん、わかった」と頷き、タメ口で喋る選択をした。


 部屋の中は漫画の単行本を十冊くらい積んでできたタワーが三棟点在していたり、チラシや葉書、請求書の類が数枚、オガクズを固めて造られた正方形の角を丸く削った小さなテーブルに無造作に置いてあり、確かに散らかった感じはする。けど服を散乱させたまま出掛けたりもする私と比べれば少しマシに見える。


 まだ空が青い17時過ぎ。うろな町から少し離れた研修センターから直帰になった新入社員と汐入さんは、その最寄の小鳥沢駅で解散となった。


 これからの鉄道生活について汐入さんに相談を持ち掛けた私だけど、うろな町は私の地元とは違って繁華街がなく、気軽に入れる居酒屋やファミレスを見付けられなくて、結局汐入さんの部屋に押し掛ける運びになってしまった。


 仕事の話をしに来たのに、どうしても意識して緊張しちゃう。


 うろな町で一人暮らしをする社員は、町北東部に点在するマンションのどれかに住んでいる場合が多く、私や汐入さんも例に漏れない。だけど、それぞれが離れた場所に建っているから、なかなか他のマンションの人と会う機会はない。


 それにしてもこのマンション、鍵は指紋とか静脈認証だし、部屋は同じ3Kだけど、私が住むオートロックもない簡素なマンションとはグレードが違う。それでもピッキングされにくいティンプル錠なのは救いだ。


 テーブルの紙類を隅にまとめて重ねた汐入さんは、代わりにコンビニで買った鶏そぼろ弁当を二つ、缶ビールと500ミリペットのジンジャーエール、ちーかまを置いた。弁当とジンジャーエールを手元に置いてくれたので、私は「ありがとう」と会釈した。


 ドリンクを開栓して乾杯をすると、二人揃って中身をゴクゴク流し込んでから同時に「ぶはーっ」と息をついて、数秒の沈黙が流れた。


「今日は直帰になって良かったね! 汐入さんは普段どんな仕事してるの? っていうか前は何してたの?」


「最初は海浜公園駅に配属されて、入社3年目の21歳で車掌になったんだ。23歳から2年くらい運転士やって、今年は教育係に選ばれたけど、いまやってる新入社員研修が終わったら、映画とかアニメとのコラボとかエンターテインメントの企画をやったり、安全部で事故防止のための設備を考案したりみたいな感じかな」


 汐入さんが喋っている間に互いに弁当の封を開け、喋り終えたところで手を合わせ「いただきます」を言った。


「そっかあ。色んなことやってるんだね。私も色んなことやってみたくて、その中に運転士もあるんだけど、シミュレータで自信なくしちゃった」


「人身事故はこの辺りでもたまにあるからね。運転士じゃなくても、鉄道の現場で働くなら避けがたい課題かな」


「うん。人身事故は覚悟してるよ。自殺とか音楽聴きながら歩いてる人を轢いちゃうかもとは思ってた。だけど今回はそうじゃなくて、女の子を助けようとした男の子も一緒に轢いちゃったじゃん。あれはCGだけど、実際にやっちゃったら凄く切ないし、罪悪感でどうにかなっちゃいそう」


 私が言い終えてジンジャーエールを一口含むと、続いて汐入さんが俯き気味にビールを軽く含んで語り出す。


「そうだよね。鉄道事故で失われる命はたくさんあるのに、日本の鉄道システムは人身事故の予防策が不十分過ぎて、悲しい出来事が後を絶たない。それを根絶するためには設備投資が必要だけど、あまりお金をかけたら利益率が下がるといって反対する人もいる」


「お金かぁ。お金がなきゃ会社が運営できないのは知ってるけど、ケチったら事故起こりやすくない?」


「そう。鉄道にとって何より大切なのは、『安全』。それに、事故の少ない鉄道会社は多くの人に信頼されて、将来的には大きな利益を生むと思うんだ。そうすればもっと安全性を高められるし、社員の給料だって上がる。こんな感じでお客さまや株主の方々を含めて会社に関わる人も、鉄道を全く利用しない人も幸せにできる会社を目指したいんだ」


「おお、私もね、みんなをハッピーにしたくてこの会社入ったからがんばる!」


 再び互いにドリンクを含んで一息つく。お互い息は合ってる気がする。汐入さんは仕事熱心で真面目な人だってのはわかったけど、もっとあれこれ知りたい。


「そうだね。学科試験は合格最低ラインだったけど、嘘偽りない『意思』が伝わってきたから採用したって、面接を担当した人が言ってたよ」


「ふふふっ、そっか! 汐入さんは私のことどう思ってるの?」


「おバカさん」


「ははは酷い! 躊躇なく言った!」


 もう、こういうこと言う人だとは思ってなかったよ。でも、この一言で、真面目で少し固かった場の雰囲気が和らいだ。


 不安はあるけど、この先もどうにかやっていけるかな? ちょっとだけ、そんな気がした。

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