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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
77/120

試験はもう始まっている

 朝焼けに染まる5時の空。昨夜はどれくらい眠れただろうか。僕は目をこす欠伸あくびをしつつ、暑さで滲み出る汗の不快感に耐えながら学生服のネクタイをキュッと締めて駅へ向かった。


 駅では同じく日本総合鉄道うろな支社を受験する久里浜さんと合流。久里浜さんも珍しくリボンをしっかり結んでいて、いつものようにワイシャツから下着が透けていない。


「ちょっと奥さんいるのにどこ見てんのお?」


 ケラケラと照れ笑いする久里浜さん。


「あ、いや別に……」


 しまった! 決してスケベな気持ちじゃないけど下着が透けていないのが珍しくて胸を見てるのがバレた。だけど咲月さんは奥さんではない。


「今日はさすがに中にティーシャツ着てるよ」


「ははは……」


 試験会場へ向かう電車内ではあまり緊張せず、互いに学科試験のテキストを確認していた。


『ご乗車ありがとうございます。うろな〜、うろな〜です』


 うろな駅に到着。電車を降りた途端、じわりじわりと汗が噴き出してきた。あくまで噂だけど、うろな駅から試験会場の支社ビルまでは受験者の顔を暗記した人事の人が私服姿で立っていて、携帯電話を操作していたり、ヘッドフォンなどで音楽を聴きながら歩いている人、エスカレーターや改札機を通る際の列に割り込みをしている人がいないかなど、一挙一投足を細かく観察しているとか。きっと、もう試験は始まっているのかも知れない。


 うろな駅から西へ歩くこと約3分。とうとう受験会場のうろな支社ビルに到着。会社説明会はうろな駅の視聴覚室で行われたので、ここに来るのは初めてだ。


 敢えて地元から少し離れたうろな支社を受験したのは、受験倍率が低いのと、僕の好きな古い車両が当面残るからだ。


 しかしなんと不思議な気持ちだろう。これから向かうのは、小さな頃から知っている車両たちを動かす会社。この駅を運営している会社。たまにテレビCMで見かけるあの会社だ。会社説明会や工場見学とは違う、特別な感覚だ。


 それもその筈。だって今日、僕はこの会社に試されるのだから。


「「おはようございます!」」


「おはようございます。学校名とお名前をお願いいたします」


 ステンドグラスが設置されている芸術的なビルに入ると目の前に受け付けの長机がある。僕、久里浜さんの順で物腰柔らかな人事の若い男性の問いに答え、地元からうろな駅までの往復運賃分のお金を受け取ると、指定された席に着く。席は来場順のようで、僕と久里浜さんは必然的に前後で並んだ。試験開始30分前というのに既に30名程度の受験者が着席している。スポーツマンのような角刈りの男子が多く、中にはバッグにキャラクターのぬいぐるみをじゃらじゃらぶら下げている女子もいる。


 机の上には会社説明のパンフレット、前方のホワイトボードには今日のスケジュールが書かれている。内容は筆記試験と作文。昼には昼食がある。


「皆さんおはようございます!」


 受験者全50名の来場が確認された所定時刻の10分前。え? この会社こんな人いるの? と目を疑いたくなるような強面こわもての中年男性が壇上に立った。受験者一同はおはようございます! と元気に挨拶を返した。


「今日はお暑いなかお越しいただきありがとうございます。試験官の大社おおこそと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。まもなく試験開始の時刻となりますが、皆さん今のうちにトイレを済ませてください。今日の試験は筆記試験ですが、当社の筆記試験は一般的な企業と比較して非常にハードな内容ですので、トイレに行こうか迷っている方は絶対に行ってください。ネクタイを緩めても構いません。脅かすつもりはありませんが本当にハードですので、どうぞ万全のコンディションで臨んでください」


 そ、そんなにハードなの? もう十二分に脅かされてるよ……。


 大社さんの話を聞いて、僕を受験者の過半数はトイレに向かった。あの人が現れてからなんだか妙に緊張してきて、物凄い量の手汗が滲み出ている。まずい、きっとこれは会社からの圧力だ。僕はまんまと思惑に嵌まっているのだろう。


「え〜皆さんお戻りになられたようですね。ではさっそく試験を始めますので、机の上には受験票、鉛筆、消しゴムをご用意ください。それ以外はすべてカバンに仕舞ってください。なお、不正行為が発覚した場合は退場していただきます。あ、結構いらっしゃいますが、カバンを通路に置かず、椅子の下に置いてください」


 あぁ、たぶん通路にカバンを置いた人はこの時点で落選だ。


 裏返しにされた用紙が配布され、やり方の説明を聞く。受験者一同に一層の緊張が走る。


 あぁ、とうとうだ。もう、余計なことは考えられない。


「それでは始めます。用意、始め!」


 大社さんが合図すると、バッ! と一斉に用紙がひるがえり、ガタガタガタと鉛筆の走る音が響き始めた。





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