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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
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受験前

 僕と咲月さんが交際を始めて二年以上の時が流れた。咲月さんが大学へ進学してからは毎週日曜日しか会えなくなり、夏休み前に引退した陸上部では心を開いて話せる相手がおらずとても寂しかった。


 三年生の二学期が始まり、僕は教室に居残っている就職希望のクラスメイトに混じり、志望企業の日本総合鉄道うろな支社へ送る履歴書を書き終え、ホッと一息ついたところ。


 学校内で同じ会社を受験する生徒は十名。うち、うろな支社の受験者は僕を含む二名。全員採用される可能性もあれば、その逆も然り。むしろ全員不採用の可能性のほうが高く、この高校から日本総合鉄道各支社への採用実績は殆どない。進学校でも専門学校でもない普通科高校だから納得せざるを得ないけれど、それでも進学して寄り道するくらいなら夢をいち早く叶えたい。そんな想いから半ば無謀な闘いに挑むと決めた。


 試験まで残り三週間弱。夏休み中は会社説明会に参加したけれど、いまいち受験の実感が湧かない。とはいえ受験勉強は毎日数時間、適度な休憩を挟みながらコツコツやっている。ただどの科目、どのような問題が出題されるのかは知らされておらず、正直なところ出題範囲をしっかりカバーできている自信はない。


「くーげぬーまくーん! いっしょーに帰ろー♪」


「あ、うん」


 一息ついて教室を出た僕を追ってきたのは同じクラスでもう一人のうろな支社受験者である久里浜くりはま美守みもりさん。黒髪のショートヘア、胸元のボタンを緩めているきゃぴきゃぴした人だ。きっとこういう人をギャルと呼ぶのだろう。そんな彼女が鉄道会社を受験するのはいまいちしっくりこない。


あねさん女房とは上手くやってるぅ〜?」


 久里浜さんが振ってくる話題といえば大体これ。こんなチャラけた人が命を預かる仕事に従事して良いのかと疑問に思う。僕は毎度まあまあ上手くやってるとか、日曜日に会ってるなどと当たり障りない事実を告げて話題から逃れている。


「鵠沼くんはなんで電車の運転士になりたいと思ったの?」


 受験直前、そういった話題は必然的に出るものだ。久里浜さんの問いに対し、僕は小さい頃からの憧れである旨を正直に告げたうえで、久里浜さんにも志望動機を訊ねてみた。


「私ね、小六のときに特急『かたりべ』に乗って一人でおばあちゃんに行ったんだけど、きっぷの買いかたも指定席の番号の見かたもわかんなくて、そのときに駅員さんが乗り場まで案内してくれて、電車に乗ったら車掌さんが席まで案内してくれたんだ。降りる駅が近くなったらその車掌さんが言いに来てくれて、駅に着いたらドアの前で駅員さんが待ってておばあちゃんが待ってる駅の事務室に案内してくれたんだ。私一人のために駅員さんと車掌さんが連絡取り合って、無事におばあちゃんに会わせてくれた。それが凄く嬉しくて、安心できた。だから私は運転士になりたいんじゃなくて、あのときの社員さんたちみたいに安心を与えられる人になりたいって思った」


 僕は久里浜さんの志望動機に言葉を失った。正直なところ、ここまでしっかりした考えで試験に臨んでいるなど夢にも思わなかった。


 僕は運転士の何に憧れているのだろう。運転台でバンドルを握る姿だけだろうか。


 考え込んでいるうちに履歴書を提出してからの三週間はあっという間に過ぎ、受験前夜が訪れた。ここまで来ると緊張で思考回路がオーバーヒートして物事を上手く考えられなくなってくる。


「鯨ー、電話よー」


「はーい」


 二階の自室で勉強に行き詰まっていると、一階の母から電話の知らせがあったので、降りて受話器を受け取った。


「おっす鯨! 調子はどう?」


「や、やばい、緊張で……」


「そっかぁ。そうだよね。私は祈るくらいしかできないけど、それでも力一杯祈ってるから、鯨は深呼吸して、肩の力抜いて、ちゃんと実力を発揮できるようにね」


「うん、ありがとう」


 それから少し雑談をして通話を終えた。一人でもやもやを抱えているよりは、いくらか気が楽になった。


「はああああああ、ふうううううう」


 深呼吸して、息を整える。


 僕は正月に咲月さんから貰い、ペンケースにくくりつけた合格守を握りしめ、いざ、受験に挑む。



 お読みいただき誠にありがとうございます!


 前回から一気に時が流れて受験前。今回から新キャラクターの登場です。


 え、新キャラどこかで見たことある? ふふふ、うちの子ですがYLさんの『うろな町の教育を考える会 業務日誌』で先行公開ですよ♪

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