初デートは車両工場
僕と咲月さんが交際を始めて間もなく、学校は夏休みに突入した。夏休みとはいえ部活はあり、咲月さんとは今の ところ毎日顔を合わせている。ところが僕という生き物は欲深く、部活が終わってしまうとまた明日まで会えないのが辛くてウズウズする。僕に限ってはケータイを持っておらず、連絡しにくい。だからといって固定電話での通話は 家族に聞かれたり、かけたときに咲月さんの家族が出そうで踏み込めない。特にお父さんなんか出たら緊張のあまり変な声を出してガシャンと受話器を叩きつけてしまいそうだ。
それを見透かしたのか、ごく普通のことなのか、咲月さ んは日曜日、僕をデートに誘ってくれた。11時に駅のコンコースで待ち合わせ。僕は酷く緊張しながら駅のエスカレーターに乗っている。
エスカレーターを上りきり、きっぷ売り場に待つ咲月さんをキョロキョロ探す。今の僕、かなり挙動不審だ。
「くーじらーあ!」
「わあ!?」
な、なんということだ。学校ではたまにあるけど、公衆の面前で背後から抱きつかれるとは。なるほど、僕の背は隙だらけなのか。これじゃ四方八方を危険に囲まれる鉄道の仕事には従事しないほうがいい。ひとつ学習した。
「おっす! ねえねえ、私から誘っておいてなんだけど、今日どこ行こっか?」
「うんと、もし、もし良ければ、うろなっていう所で電車を整備する工場の一般公開をやってるんですけど……」
「よし、じゃあそれ行こう!?」
「いいんですか!? 電車の工場ですよ?」
「いいよいいよ! っていうか敬語いらんよ!」
「え、あ、はい」
「ああもう! そんな消極姿勢じゃ就職できないぞ? あともっとハキハキ喋る! これ基本!」
「はいごめんなさいっ!」
グサッ! まったくその通りだ。僕はもっと社交的に、尚且つハキハキと喋れるようにならないと、接客なんて務まらない。ちっちゃい頃から色んな人に再三言われてるけど、癖が直らない。
「よしよし♪」
咲月さんは僕の頭をポンポンと撫でた。それ自体は嬉しいけど、やはり公衆の面前では恥ずかしい。僕は咲月さんと知り合った頃から尻に敷かれているのだと改めて実感する。
電車を乗り継いで、うろなという町にある『うろな車両ファクトリー』に到着。この工場では電車の新造や改造、メンテナンスといった車両に関わる業務の一切が可能な非常に珍しい職場だ。小さい頃から何度か両親に連れてきてもらい、以来すっかり虜になってしまった。
「こんにちはー!」
工場の正門にはバルーンのアーチが設置されていて、その向こうに伸びる通路の両サイドでは作業用制服を纏った10名程度の若い男性社員が工場のブースマップを挟んだ、電車の写真がプリントされたクリアファイルを元気よく配布している。やっぱり元気でハキハキしてなきゃいけないんだ。僕は就職試験までにハキハキ喋れるようになれるのか大いに不安だ。
社員のお出迎えに対して咲月さんは元気よくこんにちはと挨拶したが、僕は会釈しかできなかった。苦い記憶がどすどすと積もってゆく。
親子連れや鉄道ファンで賑わう工場内には大きな建屋が三つ、溶接をメインとした三次部品の修繕や、社員自らが発明した車両整備を楽に行うための道具、いわゆる治具を製作する小屋が一棟と、制御装置を整備する詰所が数棟、そして鉄道の歴史を紹介する施設や社員食堂があり、トラックが二台ほど通れる広さの屋外通路の脇には車両の屋根に設置される集電装置、『パンタグラフ』や空調装置、車輪と車軸が組み合わされた『輪軸』が並んでいる。
ああ、目がキラキラしているのが自分でわかる。僕、し・あ・わ・せ♪
一方の咲月さんは口をポカンと開けながら、工場内をキョロキョロ見回している。きっと珍しいものがたくさんあるけど訳のわからない状況なのだろう。
「まもなく14時より〜、輪軸職場の公開実演を行います。ご興味のあるお客さま〜、どうぞ輪軸職場までお越しください」
輪軸職場の前に立つ初老の男性社員がメガホンを持って来場客を呼び込んでいる。
「鯨、せっかくだから見てかない? ぶっちゃけ何を見ればいいのかわかんなくてさ」
「うん」
僕らは輪軸職場のある建屋に入り、大勢の客に紛れて輪軸の仕事を見学することになった。
お読みいただき誠にありがとうございます!
鉄道のお話なのに鉄道から遠ざかっていたので、たまには鉄道ネタを入れてみます。彼らが入社するまでの大まかな流れの予告をすると、会社見学、就職試験みたいなあっさりした感じですが、これが大変。就職試験って厳しいです。