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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
72/120

恋ってこんなに、辛いんだね

「片瀬さんは、どうして僕なんかの面倒を見てくれるんですか」


 鯨は私の胸元から顔を離して言った。鯨の目はすっかり充血していて涙を拭いてあげたくなったけど、テーブルのティシューまで手を伸ばして行為に及ぶ雰囲気ではない。


 問いに対する答えは決まっている。だって、放っておけないもん。陸上を楽しんでほしいもん。だけど今はどうだろう? それだけの理由で鯨に構っているのだろうか? ううん、それは違う。


「最初はね、息切れしたり部長に怒られてる鯨を見て、部活がイヤになって辞めちゃうんじゃないかと思ったんだけど、そんなの勿体ないな、走る楽しさを知ってほしいなって思ったの。だけど今日からはそれだけじゃなくて、夢のために頑張る鯨の力に少しでもなれたらと思って。お節介かな」


 そう。それは鯨にとって単なるお節介かもしれない。だけど私自身が鯨と一緒だと楽しくて、もっと素直に言えば、鯨と一緒じゃなきゃつまらない。鯨と一緒に居たい。ここ最近、学校の帰り道で別れてから、また明日も会いたい、早く明日にならないかな、全速力で走ったら明日に早く辿り着ければいいのになんて、ファンタジックなことも考えたりした。こんな気持ちになったのはいつからだろう? きっかけなんて判らない。いつの間にか鯨の居ない日々なんて考えられなくなって、今座っているベッドでは枕に抱き付いたり、誰にも見せられないような恥ずかしいこともした。それで、鯨も同じ気持ちだったらいいななんて、淡い期待もしている。


 このままずっと鯨と一緒に居たい。強いて言えばそれが私の夢だったりもする。けれど私が鯨に振った話はそういうものではない。


「いえ、お節介なんて。でもどうして、僕の夢を応援してくれるんです?」


「え? そんなん普通じゃん。夢叶えてほしいもん」


 それに関しては下心なんかなくて、純粋にそう思う。


「え? いや、なんで……」


「なんでって、変なヤツだなぁ。うんと、うーん、なんていうかなぁ、鯨ってさ、人と接するの苦手だと思うんだけど、でも私が話し掛けるとさ、何か言葉を紡ぎ出そうとしてくれるよね。だから頭のなかでは色々考えてて、一所懸命に言葉を選ぶんだけど不器用だから上手く言い出せないのかなって。じゃあ私が言葉の引き出しを開けやすくしようって思ったの。そしたら本来の鯨の持ち味が出て来るかもって。正直に言うと、その辺は計算しながら接してた部分もあるし、腫れ物に触る気分もあった。だけど日々を重ねてくうちに鯨は思った通り面白い子なんだってわかってきたらそんな意識は薄れてきて。それで昨日きのう、里山公園で鯨は私に将来の夢を打ち明けてくれた。そのときね、私は面白くて優しくて可愛い鯨の夢を応援したいって思った。上手く言えないけど、こんな感じ。要するに気分だよ気分!」


「あ、あの、なんか、ありがとうございます」


「はははっ! なに言ったらいいか判んなかったんでしょー!」


「あ、はい。でも、そしたら片瀬さん、学校の先生なんかどうです? 人の可能性を引き出す仕事だし」


「えーやだ。ワタシ人選ぶもん。教師は色んな子と接しなきゃいけないし保護者面談がめんどくさい」


「じゃあ会社の人事とか。人を選ぶ仕事だし」


「おお、それいいかも。さすが鯨。夢の先駆者ヴァンガードだね」


 人事か~。そんなの考えたことなかった。ちょっと興味あるかも。


「そんなことないです。陸上部に入る夢を叶えたのは片瀬さんが先ですよ」


「ははは、それは努力しなくても叶う夢だったからな~。でさ、なんで鯨はさっきから目ぇ逸らしてるの?」


「いや、その」


「目は合わせないのに胸はチラチラ見てるよね」


「えっ!? いやっ、別にっ!」


「エッチ!」


 言って、私はわざとらしく腕を組んで胸元を覆い隠し、斜め後ろを向いた。


「ええっ!?」


 あなたが勝手にボタン外したんでしょと言いたげな鯨。


「ははっ! 私ね、家に帰ると癖でシャツのボタン外しちゃうんだ。だからさっき鯨に抱き付くまで恥ずかしい格好してるなんて気付かなかった。きっと鯨の前ではそれくらいリラックスしてるんだと思う」


「僕も、そうです。片瀬さんの前では割と自然体です」


「え? 自然体でこんなキョドってんの?」


 ちょっとからかってみたら、鯨は何故かフッと鼻で笑った。


「一応先輩ですから言葉を選ぶのにあたふたしてます」


 言い辛そうに、でもクスクスと笑いを堪えられない様子の鯨。思いっきり失礼なことを言うときの態度だ。


「一応ってなんだよ一応って!」


 言って、私がいつもの調子で背中をバシッと叩き、鯨はイタッと言って叩かれたところに手を回してさする。


「先輩なんて気にすんな! 好きなように喋ればいいじゃん! ポルトガル語とかヘブライ語で喋られたらこっちがわかんないから叩くけど、日本語ならオールオッケーよ!」


「えっ!? いや、それは特別な関係じゃないとっ」


「特別な関係って?」


 思わぬ展開だけど、私は瞬時に次の言葉を用意し、ドキドキワクワクながら鯨の返答を待つ。


「んと、なんていうか、うんと……。付き合ってるとか」


「イヤ? 私と付き合うの」


 コイツ、もしかしたら電車以外興味ありませんとか言うかもしんないな。


「い、いえ、そういうわけじゃ」


 でも電車以外に興味持てませんってか?


「私は鯨のこと、好きだよ? でも、鯨にその気がないなら無理にそういう関係になろうとは思わないし、今のままでも楽しいから、このまま変わらずにやってけたらと思ってる。だからね、振るなら遠慮しないで振っていいよ」


 場の雰囲気でこういうことをさらっと言って、しかも予防線を張って、でもこうしないと関係が壊れそうで。陽が沈み暗くなった部屋で灯りを点けないで、二人ベッドに並んで座って。改めてこのシチュエーションを考えると、もう何をしてもいいような気がしてきて。


 でも、答えがノーだったら、このときめく闇が、暗黒に変わるのは間違いない。


 いっそのこと、色仕掛けで何も言えなくしちゃおうかな? けど、私にそんな魅力、あるのかな? 鯨の胸に触って、鼓動を確かめたくなってきた。でも、悪い結果が出るのが怖い。ひとりだけドキドキしてたなんて知ったら、もうこの先の希望もない。


 あぁ、イヤ。そんなのイヤ。もう私、泣いちゃいそうだ。


 知らなかった。恋ってこんなに、辛いんだね……。

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