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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
70/120

マッサージ

「痛い! あっ、イヤッ! ダメ! そこダメー! ああっ!」


 二人きりの密室に響く悲鳴。しかしいくら喘いだところで助けなど来ない。この場から逃れたくば自らの力で抗うほかないのだ。


「あっ、あっ、ああっ、なんか、なんか段々、気持ち良くなってきた。あ、いい、そこイイッ!」


 しかし痛みはやがて快感へと変わり、大人しくなった受け手側はパートナーに身を委ね、攻められるまま快楽の底へと堕ちていった。


「はっはっはっ! もうダメ! あぁおかしい!」


 ツボ押しマッサージをしていた手を止め鯨の右隣に倒れ込み腹を抱えて笑い転げる咲月と、羞恥心でどうしようもなく悶えたいのを咲月の枕に顔を埋めて必死に我慢する鯨。普段ポーカーフェイスの鯨でもツボ押しマッサージの刺激には耐えられず、思いのままを口にせずにはいられなかった。


 あぁ、片瀬さんの枕、片瀬さんと同じいい香り。


 ベッドに案内されて寝転んだときから思っていたが、それだけは口に出さなかった。そう、目的はともあれ二人は今、同じベッドで身を寄せ合って寝転んでいるには変わりないのだ。咲月の両親は留守、もうじき夕焼けが星空へ移ろうオレンジに染まった部屋は、必然的にふたりをまどろみとトキメキへいざなう。


「あー笑い過ぎて腹筋痛い! じゃあ次は私の番ね。私が鯨にしたように頭から足の裏までおねが~い」


「あ、はい」


 鯨は咲月にしてもらった順を思い起こす。まず頭を両手で包み込み指の腹を当て、そこに適度な力を込めてツボを押す。続いて首、背中、腕、手先、腰、尻の周囲、太もも、ふくらはぎ、足首、足の裏。


 お尻……。


「あぁ、いい、そうそういい感じ。鯨マッサージ上手いじゃん」


 でしょ? そこ気持ちいいでしょ? 側頭部の米噛み辺りにある『太陽』っていうツボ。PC作業の後にそこ押すと気持ちいいんだあ。


「あ、いえ、片瀬さんほどでは」


 尻をマッサージして良いのか気にしつつ、鯨はうつ伏せ寝する咲月の頭皮を揉む。どうやら咲月は肉体疲労のみでなく眼精疲労も患っているようだ。


「え~、私なんかテキトーにやってるだけだよ。あぁ、ヤバイこれ、癖になりそう。お金払うから毎日やって~」


「え、いや、お金は要りませんよ」


「じゃあコロッケ買ってあげるぅ~。あぁ気持ち~」


 そうこう会話しているうちに鯨の手は腰まで到達。背中のブラジャーも少々気になったが、大会のリレー前に安全ピンでゼッケンを装着する際、誤って何度か引っ張っているためさほど気にならなかった。


 暫く腰を揉みほぐし、そろそろ手を尻へ移しても良い頃合いだが、鯨はその先に躊躇い進めない。だがこのまま腰のみを揉むのは不自然なので、渋々咲月に訊ねる。


「あの、おっ、お尻っ、触っていいですか?」


「えっ!? お尻!? どうしたの急に!?」


 どうやら咲月は鯨の意図を勘違いしたようで、突然の申し出に狼狽を隠せない。


「えっ!? いや、あのっ、マッサージ……」


「あっ! マッサージね! うん、いいよいいよ! お願いします!」


 片瀬さんは何を勘違いしたんだ。


「あ、はい、失礼します」


「もう、鯨が変なこと言うから緊張しちゃうじゃんか~」


「すみません、やめますか?」


「ううん、やめなくていいよ。お尻って言っても側面だし」


「あ、はい」


 とはいえ緊張してしまうのが男のさが。鯨はそっと咲月の尻に手を置いた。


 お尻も、意外と弾力ある……。


「あっ」


 鯨が尻の感触を認識した瞬間、咲月は普段の元気な姿からは想像できないほどしおらしく甲高い声を発した。しまったと思った鯨は瞬時に咲月から手を離す。


「すみませんっ!」


「もう、もっとガシッとやってくれたら良かったのに、優しく触るから変な声出ちゃったじゃん」


「スミマセン……」


「今の、鯨じゃなかったら許さなかった」


 むくれた声でボソリ。鯨は咲月の言葉にどう応対すべきか判らず黙り込む。


「ねぇ鯨? ちょっと私の話、聞いてくれない?」


「はい?」


 尻が程よくほぐれたところで太ももへ移ろうとしたとき、咲月が不意に言った。 

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