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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編

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押し倒した後で

 片瀬さんに右手を握られ、彼女の胸に手を当てられた僕は左手のみで自らの身体を支えていたのだが、ふとした瞬間にバランスを崩し、片瀬さんを押し倒してしまった。直後、片瀬さんと目が合い、僕の心臓はこれまでにないほどバクバクして過度に緊張し、身体が固まってしまった。こういうのを頭が真っ白になるというのか。どうしよう、退かなきゃと頭で解っているのに、身体が動かない。それに、なんだか手を離したくない気もするのだ。


 片瀬さんは少し口を開いて目を潤ませている。まずい、退かなきゃ! 僕の身体はやっと意思に従って、片瀬さんから飛び退いた。


「ご、ごめんなさいっ!」


 段々と冷静を取り戻してきた僕の思考回路はとんでもないことをしてしまったと理解し、たった今までとはかなり異質にヒートアップしてきた。


 どうしよう、これ、退学じゃ済まないぞ。人生終わった。夢は呆気なく散った。この先僕は生きてゆけるのだろうか。


「え? あ、うん。大丈夫だよ。こっちこそごめんね。汗だくのシャツ無理矢理触らせちゃって。汚いから手ぇ洗ってきなよ」


 片瀬さんは頬を赤らめ焦燥しながら照れたような笑顔で言った。


「あ、いや、そんな、全然汚くなんかないです。本当にすみません」


 どうしよう、こんな片瀬さん初めて見た。先輩なのに、すごく可愛い。僕は思わずまだ残る感触を確めたくなって右手を何かを掴むような素振りで軽く動かしてしまった。すぐ正気に戻り片瀬さん目を遣ると、その様子を思いっきり見られていた。


「えへへ、そんなに謝られたら逆に意識しちゃうじゃんかー。鯨、退学にしちゃおっかなー。胸を鷲掴みにされて押し倒されたなんて言ったら一発KOだよねー」


「す、すみません……」


 胸を掴ませたのは片瀬さんですとは言い返せなかった。


「あははっ! 冗談だって! よしよし、鯨は可愛いなあ!」


 片瀬さんはいつものように笑い飛ばして僕の汗だくの背中をバシバシ叩いた。良かった、どうやらおとがめ無しで済みそうだ。

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