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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
65/120

二人の共通点

 湿地の蒸し暑い空気のなか、呼吸困難になりそうなところでようやく片瀬さんがジョグを止めてくれた。僕はそのまま脇の芝生に大の字になって寝転んだ。直後、激しい目眩に見舞われ、世界が歪んで見えてくる。それはまるで、地球が回るさまを実感しているような錯覚だ。荒い呼吸が徐々に治まり、目眩や錯覚もやがて消えゆく。


「おつかれ! たまには緑に囲まれながら走るのも気持ちいいよね!」


 何が気持ちいいものか。そう思った途端、先ほどとは違う、少しドライで爽やかな風が芝生を撫で、草木をさわさわ鳴らした。なんだろう、その音は妙に懐かしく、そのまま目を閉じて土地の風や空気に包まれていたくなる。


「そう、ですね」


 僕が返事をすると、片瀬さんは右隣に寝転び手足をぐうっと伸ばした。猫みたいでとても気持ち良さそうだ。


「良かった。本当は休日くらい休んでもいいと思ったんだけど、部活みたいに義務的じゃなくて、敢えてゴールを決めないで少しでも走る楽しさを知ってもらえたらなと思って、この公園に来たの」


 つくづく思う。どうしてこの人は僕に優しくしてくれるのだろう。こんなに優しい人に対して、僕はあまりに無愛想だ。その歯痒さが僕の脳や胸を締め付ける。


「そうなんですか」


「うん。ごめんね、貴重なお休みなのに、疲れちゃったかな」


「あ、いえ、気分転換になりました」


「そっか! なら、良かったかな」


 ダメだ。どうやって会話を続ければ良いのか。でも何か言って繋がないと、ずっと気まずいままだ。ベタでも何か言ってみよう。


「片瀬さんはどうして陸上を始めたんですか?」


「ん? そうだねー、身体を動かずのが好きだからかな」


「それなら、バスケとかテニスとかでも」


「ははっ、そうだね。でもさ、バスケとかテニスもそうだけど、殆どの競技には対戦相手がいるじゃん。それに連携プレーだったりもするから、自分のせいでチームが負けたら罪悪感あるし、チームメイトにも責められるかもしれない。陸上も競争はあるし、リレーだったら自分のせいでみんなが負けることもある。だけどね、個人種目なら、対戦相手を意識しなければ自分だけの闘いにできる。自分の積み上げてきたものがそのまま結果になる。それに専用の設備が要らないから、身体ひとつあれば思い立ったときに街中でもできる。そんなスポーツって、陸上だけなんじゃないかな」


「確かにそうですね。僕も数ある運動部のなかで陸上部を選んだのは、個人競技だからなんです。ただそれでも競技である以上、勝者と敗者が出るのは事実です。どうして人という生物は知的生命体であって幾千もの歴史を重ねているのに、競争という非文明的生物の本能を排除できないのだろうかって考えちゃうんです」


 怖い。闘争心を剥き出しにする人が。その目付きが、オーラが。


 でも困ったことに、僕の目指す鉄道業界にもそれはある。鉄道だけじゃない。地球社会は今のところ、競争から縁を切れるほど知的な発展はしていない。


「そうだよね。私も考えたことある。優勝した人がはしゃいでる一方で、負けちゃった人が泣き崩れてるの見てさ、なんか辛くなっちゃった。でも泣いちゃうのは本気で取り組んでるからで、私は競技に対して本気じゃなくて、ただ走るのが楽しいだけなんだって気付いた。そういう意味では陸上競技が好きってわけじゃないのかも。お正月の駅伝中継は燃えるけどね」


 そうなんだ。片瀬さんも僕と同じなんだ。もしかしてそこまで見透かしてるから、いつも優しくしてくれるのかな。


「ねぇ、鯨は何か好きなことある?」


 困った質問だ。片瀬さんがこれだけ語ってくれたのに僕が答えないのはアンフェアだ。何もないと言ってしまえば簡単だけど、最も僕を理解してくれる人に鉄道が好きという事実を隠すのは、後に心苦しい結果を生むのではなかろうか。


 だけどやっぱり怖い。オタクというマジョリティーにとって好感の持てないカテゴリーに入れられ、虐げられるのが。

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