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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
咲月と鯨の恋愛編
62/120

ハートウォーミング

「おつかれー!」


「おつかれ、さまです」


 はぅあああっ! 息が、息がっ……。


 片瀬さんから貰ったスポーツドリンクを飲み過ぎて脇腹が痛いままなんとかゴールできた。復路は片瀬さんのペースが上がって付いて行くのが余計に辛く、息を切らして目を閉じては開いての繰り返しだった。


 学校に戻ると案の定ほかの部員は引き上げていた。僕と片瀬さんはほぼ同時にシャワー室に入ったけど、出るのは僕のほうが数分早かった。


 僕がシャワーを浴びている時、片瀬さんも一糸纏わぬ姿だなんて想像するのは良くないけど、背後から肩を叩かれたり頭をワシワシ撫でられた時に感じる女性の感触とにおいが理性を崩そうとする。僕がそんなことを考えてるなんて片瀬さんに知れたらきっとドン引きされて、居場所がなくなるどころか変態呼ばわりされて自主退学せざるを得なくなるだろう。


「お待たせー! 帰ろうか!」


「はい」


 時刻は18時を過ぎたけど、夏とあってまだ夕焼けが見られる。学校を出て裏道を抜け左折し、クルマがようやく擦れ違える程度の細い道を北へ進む。茜色のアスファルトには斜めに並ぶ二つの影法師。傍から見ればカップルだろうか。しかし人通りが少ない閑静な高級住宅街は、1キロメートル歩いても二、三人の老人と道を譲り合う程度だ。この道と交わる大通りを渡ると常緑樹が生い茂る大地主の土地に沿って進み、ハワイアンな喫茶店、精肉店、八百屋が建ち並ぶ小さな商店街がある。


「おばちゃーん! コロッケとメンチ一つずつちょーだーい!」


「はいよ! そっちの子はボーイフレンドかい? やだわもお、咲月ちゃんも色付いちゃってぇ」


 片瀬さんが精肉店のおばさんに声を掛けると、おばさんは僕を見てはしゃぎ始めたので会釈した。


「へへへー、この子は可愛い後輩ちゃんだけど、おばちゃんがそう言うならボーイフレンドにしちゃおっかなー」


「えっ!?」


 この人なに言ってるの!? きっと変な冗談言ってからかってるんだ。そういうところあるからなぁ。


「私と付き合うの、イヤ?」


「えっ、いや……」


 へらへらしながらイタズラに僕の顔を見る片瀬さん。なぜそういう冗談をさらりと言えるのだろうか。


 まったく、少しは考えてほしいよ。狼狽しながらもあれこれ考えてしまうモヤモヤした僕の気持ちを。


「へへへっ、でも私、鯨とは仲良くしたいと思ってるよ! だから色んなお話ししてみたいなぁ~」


「あ、はい……」


 どう応対すれば良いのかわからなくて、僕はいつも通り一言だけの返事でその場をやり過ごした。


 おばさんからコロッケとメンチカツを受け取った片瀬さんは代金を支払い、じゃあねと言った。僕は会釈をすると、おばさんはにこにこしながら手を振ってくれた。


 あぁ、たったこれだけのことなのに、どうしてか胸の中からじわじわと広がってゆく温かみを覚えた。僕もそういう人になれたらいいな。それに、そうじゃないと良い鉄道員にはなれないんだろうなぁ。


「コロッケとメンチ、どっちがいい?」


「あ、じゃあメンチで。ごちそうさまです」


 ここのメンチカツ、確か神戸牛を使用している筈。なのに値段はコロッケと同額なのだ。


「はい、どうぞー」


 いつも活発な片瀬さんの普段の口調は、とても穏やかで優しい。足が速いのもそうだけど、僕は何より温かな人柄をとても尊敬している。いま気付いたけれど、人生で初めての尊敬できる人だ。片瀬さんが許してくれるなら、僕はずっと彼女の背中を追っていたい。そしていつか立派になって恩返しをしたい。たった今まで敬意など知らなかった僕の、初めての感情だ。 

 明けましておめでとうございます!


 新年一発目は『草食系男子、神戸牛に惹かれる』ってサブタイもアリな気がするお話でしたw

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