インサイダー情報
一通りスピーチを終え、成夢が質問のある社員がいないか呼びかけると一流が挙手したので成夢が指名の意でどうぞと手を差し伸べた。
「調査と発表大変お疲れさまでした。件のトラブルにつきましては前代未聞の事象として全社的に注目されており、社員一丸となって原因究明に取り組むべきと存じますが、発表者の皆さまに於かれましては具体的な原因はどのようなものであるか、確証がないために発表しかねた推論はございますでしょうか」
そうだよね~。あの発表じゃスッキリしないよね~。でもお前が答えろみたいな目で見られても、一流ちゃんも知っての通り飛び入り参加の俺はよくわからんのだよ。しかし研究者の皆さんまで俺に期待の眼差しを向けられるとは。こうなったらハッタリでもいいから何か答えるべきだろうか。いや、研究に参加してない俺にだって今回の‘事件’に関する考察はある。実は報道された警察の見解には納得いかず、エレナさんや芹沢さんと一緒に素人ながらも社員としてではなく故人を悼む個人(駄洒落じゃないぞ)として独自に調査をしてたんだ。
「ご質問ありがとうございます。これからお話しする内容はあくまで私個人の見解で、尚且つ少々信じ難い推論ではございますが、その旨ご承知の上で拝聴いただけますでしょうか」
「はい。是非お願い致します」
◇◇◇
話は二日前の土曜日に遡る。徹夜勤務明けの俺とエレナさん、芹沢さんは金曜日に報道された『女子高校生は火遊びにより事故死した』という見解に納得いかず、現場となった中央公園を訪れた。現場にはまだ焼け焦げた跡が残っており、俺たちはそれを見て彼女の死を受け入れた。
「くそっ! 警察めふざけた捜査をしやがって! ボクたちが真実を解明してやるもんね! 売上高6兆円企業の社員の頭脳をなめるなよー!」
「売上高は凄いですけど赤字の路線と事業が多くて利益率は低いし俺みたいなおバカでも入れちゃう会社ですけどね」
「なるたん、それは禁句だよ…。それになるたんだって頭脳明晰じゃないか」
「いやいや、高校時代は理系科目の殆どが赤点でしたよ」
「成夢くんが赤点メーカーだったのは置いといて、赤字の路線は廃止すると沿線住民が困っちゃうし、赤字事業は環境優位性の高い事業もあったりするからなかなかやめられないのよね~」
エレナの言う環境優位性の高い赤字事業とは主に貨物鉄道事業や植林、屋上緑化などCO2削減に役立つものであるが、どちらについても営業努力による黒字化が可能であり、植林については植林ツアー企画の販売により徐々に赤字幅が狭まっている。最も深刻な事業は貨物鉄道事業であり黒字化施策もあるが、ここで語ると本題から逸れるため、別の機会にしよう。
そんなこんなで個人的調査はスタート。現場の焼け焦げ具合から、事故死説は明らかにハッタリだと一目で理解でき、これは事故ではなく‘事件または自殺’という前提から調査を始めた。
「焼身自殺ってのは割と長い間転げ回ったりしながら藻掻き苦しむものですけど、焼け跡の範囲はかなり狭いですね」
「つまり、物凄い高温で一瞬のうちに焼かれてしまったのだね。そうか、自殺じゃなかったのか。なら、サツキちゃんは…」
洋忠は更に込み上げる無念を圧し殺し、現場を見詰める。成夢とエレナも洋忠と同じ思いで唇を締めた。
「俺らにできることって、なんなんですかね。真実を突き止めたところで警察は動かないだろうし」
「次の犠牲者を出さないようにしなきゃいけないのはわかるけど、警察が機能しない以上、この町は無法地帯に等しいわ」
「取り敢えず支社と本社に連絡して、駅や車内の警戒強化をしたほうがいいと思うけど、これが殺人事件だっていう根拠を示さなきゃならないね」
「根拠も何も、焼け跡を見れば自殺じゃないことくらい誰でもわかると思うんですけど、どうして誰も気付かないんですかね。まさか警察を含めて町民がマインドコントロールされてるなんてことは…。火力はかなり強かっただろうに目撃情報はないし、いくら人口の少ない町っていっても通勤時間帯だから通行人は多いだろうに、この事件、明らかにおかしいですよね」
「確かに通勤時間で電車を利用するお客さまは多かったけど、でも町全体でマインドコントロールなんて、SFじゃあるまいし」
「いや待てよ三次元。この町には宇宙人の目撃情報があったり、山には何かあるという噂もあるくらいだ。無線トラブルが起きたり地下鉄のコンクリート壁が破壊されたり、科学的にも根拠のありそうな事象があるじゃないか。それが人間の脳にも影響を与える波動や物質だとしたら、『国民保護計画』とか反社会的勢力への対抗手段に盛り込める事案なんじゃないかい?」
日本の鉄道会社には国民を保護するための手段をまとめた『国民保護計画』や、反社会的勢力に対抗するための指針がある。今回の事象は国民の命に危険を及ぼし、尚且つマインドコントロールにより反社会的運動が活発化する恐れもある。よって、会社として警戒警備の強化や原因究明および事件を起こした何者かの思惑についても調査が可能となる場合があるのだ。
◇◇◇
「個人的な調査と会社の調査の両方から、私は殺人事件が発生した際に火炎放射による強力な波動が無線トラブルや地下鉄のコンクリート壁の破壊を引き起こしましたが、非常に大掛かりな業にも拘わらず目撃情報がない。目撃情報がないのは何者かが一般人に対してマインドコントロールを施し事件を隠蔽した可能性が高いということです。よって、会社としては無線トラブル対策のみでなく、国民保護についての対策も必要と考えております」
「左様でございますか。調査大変お疲れさまでした。本件についてはよく吟味する必要がありそうですね。貴重なご意見ありがとうございます」
数日後、本件を含む近頃の町内治安の悪化について自治体から書面が届いた。成夢たちの調査に加え、自治体が会社の背中を押し、警戒警備の強化として駅に警備員と監視カメラを増やし、科学調査やマインドコントロールについての調査も始まったが、後者については尻尾を掴めず、根元を絶つには相当な時間を要する見込みで、解決の糸口は見えないままである。
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うろな町サツキちゃん騒動については本作でも一区切りです。次回からは溜まったネタを消化してゆく予定ですw