詩歌いの夜
エレナさんに何か歌えと言われたが、ろくな曲がない。基本下ネタで、あれこれしようよというニュアンスの曲ばかり。俺はそれをエレナさんに打ち明けた。
「あ~、中二病ってヤツ? 若気の至りでどうしようもなく莫迦なことばっか書いて。莫迦なこと‘ばっか’書いて」
「エレナさん、それ二回言わなくていいです」
「うん、そうだね。入社前はオヤジギャグなんか思い付かなかったのになぁ」
「オヤジ多いですからね~」
「だよね。うん、オヤジの影響受けたに違いない。そうだ、きっとそうだ。で、音楽だけどさ、即興でやってみてよ。元々音楽ってそういうものでしょ?」
「そうですね。じゃあエレナさんと一緒に曲作りしましょう」
「わかった。じゃあ私がテキトーにギター弾くから、成夢くんは演奏に合わせて歌ってみて」
「了解です」
エレナさんはギターを抱え、二種類のコードをスローテンポで演奏し始めた。殆どの楽曲はこのコードの組み合わせで成立する。
「今夜~も~熱帯夜~胸はアッツイや~今宵はキミと愛を語りたいなベッドで~♪」
俺が思い付いたままに歌うとエレナさんは不意に演奏を止めたので、どうしました? と訊ねた。
「今の歌詞はどういうことかな?」
「思ったままを詩にしたらこうなりました」
「ふぅん。でもさ、何かこう、夜の営みみたいなのと無関係な詩はできないの?」
「あー、どうでしょう…」
マンションの一室で詩を浮かべるのは俺にとってはなかなか大変。詩は概ね緑地や海岸を散歩しているときか、寝起きにふと思い浮かんでは消えてゆく。この場で何か紡ぐとしたら、日常を題にした詩が妥当だろう。
「いま、ぼ~くは此処に生き~てる~、あなたと~ともに過ごす奇跡を詩にしながら~、明日の今頃、何を~してるだろう? そんなことはわからないけれど~、きっといま、この一時を思い出してる~、たと~え何があったとも~」
とりあえず思い浮かんだままに歌ってみると、エレナさんがスローなメロディーに合わせて演奏をしてくれた。
「もう、そんな風に歌われたら照れるじゃん」
演奏を終え、目を逸らしながらエレナさんは言った。
「惚れました?」
「ううん、別にそんなことない」
「ふぅん、そうですか」
「なによ生意気」
相変わらずスパイシーなエレナさんに笑みで返す。だがそんな女性を丸め込むのが俺は好きだ。だからといってあまりにも刺々しいのは御勘弁願いたいが。
夜は段々と更けてきた。酒と詩を浮かべた影響なのか脳内の酸素が不足して、俺は思わず欠伸をした。
「ねぇ」
「はい?」
「今夜、いっしょに寝よう。ベッドひとつしかないし」
「マジっすか!?」
なんだこの超展開!? どうせ酔い潰されて床で寝てたら朝になりましたってオチかと思ってたけど!?
「寝るだけだからね。眠るだけ」
「え?」
◇◇◇
翌朝。いや、もう昼に近い。俺は目を擦りながら起き上がると、エレナさんは卓でハーブティーを飲んでいた。
「おはようございます」
「こんにちは」
おや、嫌味を言われてしまった。エレナさんちょっと不機嫌だぞ?
「いや~、昨夜はムラムラして生き地獄でした」
「なによ、私より先に大鼾かいて眠ったくせに。しかも横になって5分も経ってなかった」
「え?」
マジか。結構ムラムラしてたのに。
その後、俺は積極的に家事を手伝ったりポケットマネーでショッピングに付き合ったりと、一日かけてエレナのご機嫌取りに徹した。
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