Harmony to Heart
『まもなく、4番線に、普通、湯海行きが、まいります。危ないですので、黄色い線まで、お下がりください。この列車は、4つドア、10両です。ホームの、中ほどに、止まります』
7月6日、土曜日。カラッと日本晴れの今日はうろな町の祭りとダイヤ改正日である。ダイヤ改正に伴いうろな本線には3ドアの旧型車両と4ドアの新型車両、編成は10両のほか15両の列車も運行されるため、ホームでの放送内容が自動放送、肉声放送ともに変更された。
8時16分。エレナは海浜公園駅のうろな本線ホームに立っていると、まもなくヒューンという聞き慣れない音を発てる電車が到着した。偶然にも今日この運用でデビューした新型車両だ。ホームの端では数人の男性客が写真撮影をしている。
わぁ、本当に森の中みたいな電車だ。
カバンひとつと身軽な格好で空いている9号車に乗り込んだエレナは、ドア上に2台ずつ設置された有機ELディスプレイやヨモギ色の壁面に目を奪われつつ、ボックス席の脇にある一人用のロングシートに腰を下ろし、自分にとっては幅が広すぎる茶色い座席に少し動揺した。
ティトーンティトーンティトーンとチャイムが鳴り、カチャリとドアが閉まると、クォォォンとアニメで聞くような飛行ロボットのようなモーター音を発てながら旧型車両とは比にならない怒濤の勢いで加速。あまり電車に興味のないエレナであるが、思わずワクワクしてしまった。
『次は、東うろなです。The next station is Higashi - Urona』
うろな本線の新型車両とうろな北線、海浜森林線の電車では自動放送が採用されており、駅発車直後と次駅到着直前の決まった場所で女性声優のアナウンスが二ヶ国語で流れる仕組みになっている。
電車は海浜公園駅発車後約6分と、高性能故に定刻より30秒早くうろな駅に到着した。ダイヤは旧型車両の性能に合わせたものであるため、新型車両には役不足である。
『ご乗車ありがとうございます。うろな~うろなです。普通列車湯海行きです。1分ほど停車いたします』
この声は大辻くんだね。
エレナは90メートル先の監視台まで歩き、発車後のタイミングを見計らって成夢におはようを言った。監視台に辿り着くまでの間、電車を撮影する数十人を見掛けた。
成夢はおはようございますと返し、新型ヤバいですね。上りの一番列車は小出さんと高田さんが見送ったんですけど、高田さん、走り回るマニアにキレ気味でしたなどと駅での出来事を報告した。
エレナは成夢に労いの言葉をかけ、一足先に中央公園へ向かい、祭りに参加する町の人々と挨拶を交わし、特設ステージの裏でギターのチューニングと軽い発生練習をしながら成夢たちの到着を待つ。
「お待たせえれぴー!」
「心南海おつかれー!」
「さっきはホームに立ってたから言わなかったんですけど、エレナさん今日もミニスカ黒タイツ素敵です!」
「ははは…。これしかステージ立つのに相応しい格好思い付かなくて…」
エレナが中央公園に到着してから約1時間。徹夜勤務明けのバンドメンバーが集合した。
「時に三次元よ、バンド名は決まっているのかね? 決まっていないのならば『イケメンズ&美少女&BBA』などいかがかな?」
「BBA? 私のことなんだろうけど、意味わかんないしダサいから却下」
「なんだとキサマァ!! なら何が良いのだ腐れ三次元!!」
せっかく考えたバント名を即刻却下され不機嫌な洋忠。そこで、四人で思い付いた名前を挙げることにしたところ、成夢は『エノシマンK』、『絶倫の魔棒使い』、エレナは『アジサイふらいがえし』、洋忠は『二次元ビッグバン』、心南海は『ゲテモノガカリ』という名を提案したが、公序良俗に反するものや意味不明なもの、一部メンバーの趣味に傾注したもの、どこかで聞いたことがあるようなフレーズのものとあってどれも保留。
「あの~、『Harmony to Heart』なんてどうですか? 今回の曲たちって、ローカルだったりロックだったり穏やかな感じだったりで、老若男女が楽しめるようにっていうエレナさんの想いで作曲したって話なので、ずばりハートの中に届くハーモニーを、みたいなスタンスで」
「さすがなるたん、それにしよう!」
「他に思い付かないし、これでいいか!」
「うん、そうしよう。ハーモニーなんて、素敵じゃない?」
「おっと、もうちょっと『おおっ!』とか『感動した!』とか感慨耽ってくれてもいいような気がしますけど、決まったなら結果オーライですね! じゃあ今日から俺たちは『Harmony to Heart』ってことで!」
これにてバント名の問題は解決。だがもう一つ、バンド演奏の前座として披露する一発芸の問題が残っている。これには成夢と洋忠が何らかの芸をして、エレナと心南海はバニーガールとなって場を盛り上げる予定になっているのだが、まだ何をやるか決めていないのだ。
成夢はステージの裏手を出て、何かアイデアが浮かばないかと徐々に人が集まってきた公園を見渡す。
あー、あれにしようか。
成夢は芝生をつつく野鳥の群れを見て、ベタな芸を閃かせた。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
次回こそはライブを披露できるでしょうか!?