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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
駅係員たちの日常編

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28/120

M字開脚

 うろな裾野駅を発って緩やかな坂を登ること10分。自動車がようやく行き違えられる程度の舗装された道路を歩く三人。右側はコンクリートでいびつに固められた斜面と水路。左側には生い茂る草や木々の向こうに見渡せるうろな本線の線路や住宅地に、真っ青な大海原が見える。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」


 早くも全身汗だくの洋忠が息切れし、両手で太ももを押さえ立ち止まった。


「ちょっとスーパーやまびこもうダウンしたの?」


 数メートル先を成夢と並んで歩くエレナが見下ろしながら言った。


「な、なんなんだ、キミたちのスピードはっ…」


 炎天下で汗の雨を降らせながら息絶え絶えに二人を見上げる洋忠は、太ももから両手を離せない。


「そうね、敢えて新幹線に喩えるなら『はやぶさ』と『スーパーこまち』かな?」


 この二種の列車は東北新幹線の東京から盛岡もりおか間を連結して走る場合が多い。前者は単独運転時の最高時速は320キロメートルで日本最速。後者は300キロメートルであるが、来年3月からは前者と同じ速度へ引き上げられる予定である。ちなみに『スーパーやまびこ』と呼ばれた伝説の新幹線は最高時速245キロメートルである。


「き、キサマ、『こまち』が、どういう意味だか、知っているのか…? まぁ良い…。それより、水分補給だ…。へふへふへふへふハッハッハッハッ…。あぁ、生き返るうぅ!!」


 言って、洋忠は地面にうつ伏せて水路に顔を突っ込み、流れる水を犬のようにぺろぺろ啜り始めた。


「なにやってんの!?」


 奇行に驚くエレナの言葉に反応し、洋忠はのそっと顔を上げた。


「なにって水分補給だろうが。見てわからんか節穴ふしあなめ。キサマの穴という穴はどこもかしこもガバガバしとるのだな」


「あ、はい。そうですね…」


 ガバガバと言われてカチンときたエレナであるが、まともに取り合っても仕方ないと受け流した。


「エレナさん! 完熟トマトみたいに真っ赤で美味しそうなキノコが生えてますよ!」


 エレナより少し前に移動した成夢が水路際に生える一本のキノコを指差してはしゃいでいる。傘は赤く亀の頭のような形をしており、柱は適度に太くて長い。


「ダメ! それ食べちゃダメだから!」


 明らかに毒々しいが、真っ赤なキノコは珍しいと思ったエレナはこっそりスマートフォンで撮影した。


 キノコが生えている場所から緩やかな坂を20分ほど登り続けると、乗用車と観光バスが計10台駐められる広場に着いた。生け垣を挟み駐車場のすぐ隣に芝生があり、見晴らしの良い淵の中央には焦げ茶に塗装された木製の屋根の下に木製ベンチとテーブルがあり、四人まで向かい合って座れるようになっている。ここでランチタイムだ。


 秋頃にハイキングコースとして企画を実施する際は地元住民の協力により、ここで野菜の天ぷらや豚汁が提供される予定である。


 ここまでの間、右カーブがあったため海や住宅地などは見えず、景色は森とそれを囲う山々いう鬱蒼とした雰囲気だ。


 景色を見た成夢は、森でエレナとあんなことやこんなことをしたいなどと心洗われる雄大な自然の中で良からぬことを考えながら軒下のベンチに掛け、左側の森を眺めている。


 一方、洋忠は広場に生えていたタンポポの綿毛を食べてゲホゲホペッペカ唾を吐いている。


「もしかしてお弁当持ってきてないの?」


「ペッ! 失敬な! ちゃんと持ってきておるわ!」


 洋忠は芝生で綿毛を吐きつつガサゴソと無駄に大きなリュックを漁り、女の子のキャラクターが描かれたパッケージのパンの缶詰を20個ほど取り出した。合計1万5千円相当以上だ。


「大辻くんは?」


 パンの缶詰にコメントするのが億劫になったエレナは成夢の隣に掛けて問うた。すると成夢はグレーのトートバッグからコンビニのおにぎりを四個と500ミリリットルペットボトル入りの緑茶を取り出しテーブルに並べた。


「あ、イクラ美味しそう。いいなぁ~」


「エレナさんは何を持ってきたんですか?」


「私は自分で作ったサンドイッチ」


 エレナは黒いトートバッグから20センチ四方の白いランチボックスを取り出し蓋を開けた。中には5センチ四方の玉子サンドやツナサンドにBLTサンドそれぞれ二個ずつと、ヒメリンゴの赤ワイン漬けが詰まっている。ランチボックスのサイドには透明の小袋に入った赤いプラスチック製の爪楊枝が貼り付けられている。


「おぉ、エレナさんの手作りですか! ならイクラと交換しましょう!」


「いいの!?」


「はい! その代わり、あーんしてください!」


「はい、あーん♪」


 エレナは躊躇なくBLTサンドを爪楊枝で刺し、成夢の口許へ運んだ。上目遣いと僅かに覗ける胸の谷間に成夢の鼓動が早まり、頬が緊張する。そのせいか、噛み砕くときの口の動きがぎこちなく、飲み込むときは喉につかえそうになった。


「まさか本当にあーんしてくれるとは思いませんでした」


 20秒ほどかけ飲み込んだところで成夢が言った。


「だって、イクラおにぎり食べたいもん。お米もいいの使ってるし」


「なるほど。エレナさんはお金のためなら脱ぐタイプですね?」


「脱ぎませんー。酷いこと言ったご褒美として首にヘビ巻いてあげようか?」


「マジっすか? じゃあ巻いてください」


 成夢は足元でとぐろを巻いて眠っていたアオダイショウを両手でそっと持ち上げ、エレナの顔に近付けた。


「ひゃあああっ!?」


 まさかの奇襲に悲鳴を上げたエレナは同時にベンチから飛び退き、芝生に勢い良く尻餅をついてM字開脚状態になった。荒い呼吸で身体を伸縮させるエレナは口を開いたまま、やり過ぎちゃったという表情の成夢を見上げ、テーブルを伝い降りるアオダイショウを目で追っている。


「ひゃあっ! 来ないでぇ…」


「やべっ、ヘビ回収します! サンドイッチとスカートの中ごちそうさまです!」


 成夢はエレナのほうへ這うアオダイショウを追うため尻で右へ移動し、つんのめって手と身体を伸ばし捕獲を試みたのだが…。


「あれ? エレナさん?」


 エレナはアオダイショウの首と尻尾付近を両手で素早く掴み、無言のまま成夢に向けてひょいっと投げた。


「いでえっ!!」


 空中浮遊したアオダイショウは成夢にぶつかると刹那に噛みつき、済んだところでシュルシュルと逃亡した。アオダイショウに毒はないので、口腔の菌を広場の水飲み場で流し、エレナが所持している消毒液で処置した。


「あ~今日もパンがお~いしいっ♪ げほげほっ!? むせたむせたっ!」


 洋忠は二人のじゃれあいに構わず自分の世界に浸り、芝生であぐらをかいてパンを貪り食うのであった。めでたしめでたし。



 ご覧いただき本当にありがとうございます!


 作中の赤いキノコは宮城県の山形県寄りにある面白山高原で実際に見かけたものですw

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