早朝のうろな駅
午前4時。仮眠室のベッド上半身部分が自動で起き上がり、二度寝は許されない状態をつくる。成夢は両手を天に伸ばし大きなあくびをして、高校の赤いジャージから壁際のハンガーに掛けてある制服に着替える。この時、ズボンの後ろポケットに薄手の白い手袋が挟まっているか確認する。手袋がないと、身の安全上シャッターや改札機、往来する列車のドアに触れてはならない決まりになっている。手袋を嵌めていれば、ドアに手を挟まれてもすんなり抜けるのだ。
「おはようございます…」
眠い目を擦りながら仮眠室を出た成夢は、ピンクのワイシャツ制服にピンクのエプロン姿で朝食をつくるエレナを見て、これが俺のピンクサロンだ~などと意味不明なことをぼんやり考えていた。
「おはよぉ。あと少し、がんばろう…」
エレナも大層眠たい様子。それはそうだ。いまうろな駅に居る社員一同は、2時間ほど前の迷惑電話のせいでほとんど眠れていない。
「あ~ぃ。シャッター開けてきま~す」
「うん。ごはんつくって待ってるね~」
エレナに力なく見送られた成夢は、他に誰も居ない改札を抜けてガラガラとシャッターを開けた。
「寒っ…」
瑠璃色の空に瞬く星が、やがて東からのオレンジに隠される頃。シャッターを開けた途端に吹き込む風は、クールビズには少し肌寒い。成夢に続いて本屋から出てきた他の社員たちは、窓口のシャッターを開けたり、改札機や券売機、端末類の立ち上げ作業等を分担している。本屋というのは駅のメインとなる社屋を指す言葉で、ブックストアではない。
「おはようございます。まもなく8番線に、4時55分発、当駅始発のうろな温泉行きが到着いたします。危険ですので黄色い線の内側でお待ちください」
4時30分、オレンジに染まった空は水色に変化しようと、少し白くなっていた。もうじき陽が昇るだろう。どこかで小鳥の囀ずる声が聞こえる。成夢は朝方のどことない切なさを感じつつ、単独でうろな北線のホームを見回っている。開いたばかりの駅構内に、旅客は数えるほどしかいない。
うろな駅各線の初電発車時刻は、
うろな本線上り、4時50分発、桃源郷行き。
うろな本線下り、5時20分発、湯海行き。
うろな南線上り、5時00分発、海浜公園行き。
うろな南線下り、5時10分発、南うろな行き。
うろな北線上り、4時55分発、うろな温泉行き。
うろな北線下り、9時33分発、うろな本線直通電車の新うろな行きとなっている。
なお、うろな温泉は現在のところ、うろな町外にある。東京を名乗る千葉県の施設のような扱いだ。
同じ頃、理一はうろな南線のホームに立っていた。このホームにの端にはカメラを持ったポロシャツ姿の男性客が集まっている。
「今度の2番線は、5時ちょうど発、海浜公園行きです。この電車、本日は4つドアの編成で運転いたします。足元の赤い4つドア乗車口でお待ちください」
そう、理一の放送どおり、今日から4ドア車両が営業を開始するのだ。カメラを持った男性客たちはそれを待ち構えている。
社員でありながらマニアでもある理一に4ドア車両第1号を見送らせようと仕組んだのは、一郎、洋忠、エレナの三人。少し楽しい思いをさせようという意図であるが…。
あのマニアたち、中古の車両なんか撮ってどうするんだ? 特に綺麗なわけでもないし、これからいくらでも見れるだろう。
という具合に想い届かずだった。マニアにも色々あり、鉄道全般が好きな者、特定の会社が好きな者、特定の車種が好きな者、その他、乗車専門、撮影専門、引退する車両の追っかけ専門など様々だ。理一は塗装が施された鋼鉄の旧型車両が好きで、ステンレス車両はあまり好きでない。
陽が昇り、東の空が白く染まった4時58分。ろな北線の初電を見送った成夢はマニア対応のため、まもなく4ドア車が到着するうろな南線ホームまで移動した。
「まもなく2番線に、海浜公園行きが4つドアの編成で到着いたします。黄色い線までお待ちください」
ホーム中央、5号車付近に立つ理一が放送すると、ヒュルヒュルヒュルと列車が近付く際に発するレールの音が聞こえてきた。ホーム前後の端部にはそれぞれ10名前後のマニアが構えている。
初めてのマニア対応に、成夢は何が起きるのかと緊張していた。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
7月6日のダイヤ改正に向けて4ドア車の導入を急いだら話が長くなってしまいましたm(__)m