珍トラブル発生!
理一が放送を終えるとまもなく鋼鉄製の普通列車が入線し、ドアがガラリと開いた。ドアが開くときは圧縮空気のプシューッという音は出ず、閉まるときは音が出る。
「あれ? 高田さん何も言いませんね」
通常は列車のドアが開くと『ご乗車ありがとうございます』などと放送を入れるのだが、それがない。
「うん。どうしたんだろ」
心配になった二人がお忘れもの取扱所の陰から顔を覗かせると…。
「おやおや、高田さん居ませんね」
とりあえず発車メロディーを鳴らさなければならないため、二人で監視台までの距離10メートルほどを歩く。
「あ!? なんだオマエ客に向かってその態度は!?」
「だーかーら、他のお客さまに迷惑なので今すぐ片付けて電車降りてください」
監視台付近の車内から男性の怒鳴りと理一の声が聞こえ、成夢とエレナはふとそちらを見ると、これまで目にしなかった光景が広がっていた。
「私、応援呼んでくる」
「お願いします!」
さて、どうしたものかこのお客。いや、客なのか定かではないが、白髪でコケシのような整ったショートヘアをした、サングラスをかけている中肉中背の色黒男がドア付近にブルーシートを敷き、赤い海パン一丁で寝転がりながら缶ビールをグイグイしてやがる。おまけになぜかビーチパラソルと白熱灯のスタンドライトを立てている。電源はキャスターが装着された1メートル四方ほどの移動式発電機。オマケに男の胴体の横にはウクレレも置いてある。意味がわからん。電車は砂浜じゃないぞ。
とりあえず、俺は5号車でお客さまトラブル発生の旨を放送して車掌に伝え、承知の返事を聞いた。
「あの、どうして電車内でこんなことを?」
対応に困っている高田さんの横で、寝転ぶ男に問うた。
「あぁ? どうしてってアンちゃんよぉ、雨の日に砂浜で日光浴はできないからよ? おふくろの葬式に向かう電車でやろうと思ったわけよ」
「この格好でお葬式ですか?」
喪服のなかで一人浮くか、みんな海パンもしくはアロハシャツか。そもそも葬式前なのに晴れたら砂浜で日光浴するつもりだったのか。
「おうよぉ。陽気にウクレレ弾いておふくろ送り出してやろうってんだよぉ」
よし、男を上手く引き付けたぞ。エレナさんと応援はまだか? ヤジウマがガヤガヤ増え、早く男を引き摺り出して発車させろオーラがハンパねぇぞ。
「お客さまにお知らせいたします。ただいま5号車におきましてお客さまトラブルが発生しておりますため、この電車は当駅で運転を見合せます。そこで本日に限りまして、当駅で快速ウィンディーとの待ち合わせを行います。新うろな、うろな高原と、宿場町より先の各駅へお越しのお客さまは、まもなく向かい側4番線に到着いたします、快速ウィンディー湯海行きをご利用ください。なお、お隣の西うろな駅へお越しのお客さまは、当駅7番線から発車いたします、北うろな線の電車をご利用ください。ご利用のお客さまには大変なご不便ご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ございません」
指令と車掌グッジョブ!
「ご利用ありがとうございます。うろな~、うろなでございます。4番線は快速ウィンディー、湯海行きです。向かい側の普通列車はお客さまトラブルのため運転を見合せております」
車掌の放送のとおり、4番線には後続の快速ウィンディーが入線し、エレナさんが構内放送をした。
「どうしたんだー!?」
声を荒げてやって来たのは、もうじき還暦の駅長、松林梅太夫。銀縁の四角い眼鏡をかけた小太りの初老男だが、クールビズでもどこか貫禄が漂っている。それは決して制帽の赤いラインが二重であるからではない。
「ご覧のとおりです!」
「あぁ、そうかい。じゃあ二人とも、手伝って?」
成夢と理一にニッコリ目をやる梅太夫。三人はせーので男を取り抑え、酒臭い口で放せ放せと喚き暴れるのに耐えながら、改札横の事務室まで連行した。
休憩所の奥にある駅長事務室で駅長が事情聴取を行ったところ、理由は成夢に語ったものと同じく、電車内で日光浴まがいなことをしたかった旨を供述した。
この影響で現場となった普通列車が10分遅れとなったため、男にはその分と、乗車券不所持のため通常運賃の3倍にあたる額を支払い能力の有無を問わず一括払いで請求した。
社員一同疑っていたが、葬式に行くのは本当のようだ。梅太夫は早急に請求手続きを済ませて駅近くのコンビニに同行し、男に白い半袖のTシャツを買わせて解放した。
成夢は本件で一つ学んだ。
もし近しい人とお別れする時は、赤い海パンで送り出すのもアリかもしれないと。
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