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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
ブライダルトレイン

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118/120

新型車両とこれからの路

「終わったー!」


 4号車、グリーン車の座席を全開に倒し、制帽を脱いで背もたれに吸い込まれるかのように倒れ込んだ咲月。目を閉じて両手をぐーんと伸ばし、全身の力を抜いている。


 イベントを終えた電車は海浜公園電車区に戻り、いま車内にいるのは咲月、鯨、一流のみ。


「おつかれさま」


「おつかれ鯨、鯨はヘトヘトじゃないの?」


「普通列車よりはだいぶ気楽だよ」


「たしかに」


 利用者の多い普通電車は、少人数しか乗らない貸し切り列車の乗務より遥かにハード。客に何かを質問されたり、停車駅が多いので正確な位置に列車を停めるための神経を頻繁に使う。


 対して今回のブライダルトレインは停車駅が少なく、客は限られていた。鯨としては多くの人を乗せてちまちま停車する普通列車より遥かに気楽だ。


「きょうはおつかれさまでした」


 ぺこり。腰の低い一流が5号車方面から現れた。


「おつかれ一流ちゃん、きょうはありがとう」


「こちらこそ、ご協力ありがとうございます。片瀬さん、鵠沼くげぬまさん方のおかげで無事に終えられました」


 嵐のように過ぎ去ったウエディングの時間。料理はいくらか残ってしまったので、税的な問題はあるが、社員がこっそりいただいた。お残しは許しまへんで。


「いいってことよ! いつか私たちも、ね」


 突然の振りに、頬を紅く染める鯨。


「……うん」


「ふふふっ」


「……」


「一流ちゃんはいるの? 彼氏」


「さぁ、どうでしょう」


「えーなにそれ気になるー」


「ふふふ、私もいつかは、このような日を迎えられたらと」


 しばらく談笑した後、鯨と咲月は敷地内の海浜公園運輸区へ。一流は直帰し、後日支社にてブライダルトレインについての報告書を提出。


 支社の運輸車両部長に、鯨と咲月について、あるお願いをした。



 ◇◇◇



 約1年4ヶ月後。


 うろな線の車両は普通列車、特急列車ともすべて新型に置き換えられ、うろな駅では4ヶ月前のダイヤ改正と同時に駅ビルが開業した。駅ビルの客足はそこそこだが、辛うじて黒字。業績予想は建設前より大幅に下方修正された。


 鉄道事業においても人の流動が激減。普通列車、特急列車とも新型車両に設置した個室車両は長距離旅行者に重宝されているが、うろな支社管内の駅での乗降は少なく、他支社からうろな支社管内を跨ぎその先の他支社へとスルーされるかたちになっている。


 鉄道員たちはよく鉄道を利用する客の顔を覚えているが、殺人事件発生後から彼らの顔を見る機会が急に減り、めっきり見なくなった人も少なくない。日本最大の都市である東京23区のある自治体でさえ、治安を理由に消滅可能性都市に指定された。


 東京の当該自治体については改善に努め回復傾向にあるという。だがこの界隈には改善が見られないと、基本的に数字で判断する会社のトップどころか、街をよく知る現場第一線で働く社員でさえも感じている。


 治安に限らず集客が見込めなければ列車の本数を減らすか編成を短縮する。最悪廃線も有り得る。それらは残念ながら、全国で多数実施されている。ここも例に漏れなかった。黙っていても人が乗ってくるほど、地方の鉄道経営は甘くない。


 会社としては何事もなかったように平和を装い集客を図る選択肢もあるが、倫理的に、また、民営化前に横行していた『事なかれ主義』を撤廃する経営方針を盛り込んでいる中で、その道は選ばなかった。


 他方、東京と横浜の支社管内では就職、進学に伴う地方からの移住者や、外国人観光客による利用者増が続き、人手不足に。


 そこで神奈川県出身の鯨、咲月と、鯨の元同級生で先に入社した運転士の久里浜くりはま美守みもり横浜よこはま支社へ転勤し、乗務員を続ける運びとなった。


 一流は東京都渋谷(しぶや)区にある本社へ転勤。これはうろな町の事情とは無関係な単なる栄転。日頃の仕事ぶりや人柄が評価された。


 成夢、エレナ、洋忠などはしばらくうろな駅に残る。


 ピーポー。


 10時30分、時速140キロでうろな高原駅を通過し海浜公園方面へ走行中の臨時列車、特急『かたりべ192号』の運転台。デジタルATCが電子音を発し、手元のモニターに速度を指示した。


「速度160、新うろな、通過」


 鯨はマスコン(アクセル)とブレーキが一体になったワンハンドルマスコンを左手に握り、それを手前に倒した。


 指示する速度は時速160キロ。


 計器類はすべてデジタルモニター化し、アナログ機器は一切ない。まるでSFアニメに登場するロボットのコックピットだ。


 画面をタッチすれば、必要なモードに切り替えられる。車両の状態、前後の列車や次の駅までの距離がイラストと数字で表示され、適切な速度はATCが指示してくれる。


 みるみる加速する深緑の流線形車両は、目にも留まらぬ速さで次々と駅を通過してゆく。擦れ違う普通列車も出合って刹那に視界から消える。


 ピーポー。


 再び電子音が鳴った。


「速度130、うろな、通過」


 うろな高原駅通過から僅か4分、先代の特急型電車より3分早くうろな駅に到達。この『かたりべ192号』は遥か遠く広島ひろしま始発。旧型電車の時代から通過していた通勤快速を除き殆どの列車が停車するうろな駅を、この列車は通過する。


 広島からここに至るまでの半日以上、岡山おかやま停車を最後に大阪、名古屋などの大都市も通過して、夜が明けた後に到達する静岡県の沼津ぬまづまでは乗務員交代時の数秒を除きノンストップ。極力停車駅を減らしてランチタイムまでには終点の桃源郷とうげんきょう駅に到着するダイヤ設定になっている。


 うろな駅に差し掛かる十数秒前に『主よ、人の望みの喜びよ』が流れた。車内チャイムは旧型と同じだが、音がクリアになり、重厚感が増した。


 チャイムに続いて、男性アナウンサーによる日本語の放送と、アメリカ人女性による英語の方法が自動で流れ、その後に肉声放送を入れる。


 この列車の車掌は咲月と、高校で鯨の同級生だった美守が担当。3人は35分前、途中の湯海ゆのうみ駅から乗務している。


『長らくのご乗車、おつかれさまでした。3分ほどで、海浜公園駅に到着いたします。お乗り換えのご案内をいたします。うろな線普通、桃源郷行きは、10時42分発、降りました同じホームの向かい側、6番線に停車中です。うろな南線、うろな新田しんでん行きは、1番線から、11時5分。海浜森林線、うろな温泉行きは、2番線から11時ちょうどの発車です。どなたさまもお忘れ物ございませんよう、お支度をしてお待ちください。特急かたりべ号をご利用いただきまして、ありがとうございます。まもなく、海浜公園に到着いたします』


 鯨は慣れた手つきでハンドルを奥へ倒すと、速度がゆるゆると低下。敢えてブレーキを緩めにかけて、遠心力がかかりにくくしている。


 10時40分00(ころころ)秒、電車は定刻通り海浜公園駅に到着。ここで鯨たち3人の乗務は終了。


 実は次に乗る列車こそが、本日最大のイベントだ。

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