5兆人の花嫁ぷり!
『列車はまもなく、うろな沢に到着いたします。うろな沢では、30分ほど停車いたします』
咲月が放送を入れた。今回の車内チャイムはヴィヴァルディの『春』。途中駅のため短いチャイムを選曲。通常の列車では、途中駅ではチャイムを鳴らさない場合も多くあるが、パーティーを少しでも華やかにするため、また、鉄道マニアである鯨を喜ばせるために敢えて鳴らした。この車両には全4曲のチャイムがある。この短い音楽が、旅情を掻き立てる。
海浜公園駅を出てからここまでの間、客室とデッキの間にある扉の上に設置したタブレット端末で、カラスマントなる清水新郎と親交の深い人物からのメッセージを流した。
うろな沢に到着すると、清水新郎は一旦下車。花嫁奪還作戦なるものの一環だろうか。30分以内に戻ってこなければ、他の列車の運行に支障するため、時間内に戻って来てほしいと乗務員一同願っていた。
定刻5分前あたりから、特に鯨がそわそわしたが、清水新郎は戻って乗車。定刻通りに発車した電車はその先の駅でも清水新郎と親交のある人々を乗せ、時速60キロでうろな駅に接近中。
ここでうろな駅社員の大辻成夢と、行谷エレナからのメッセージがタブレット端末から流れる。
『清水さんご夫妻、ご結婚おめでとうございます! うろな駅の大辻と、行谷です』
タブレット端末の画面に映し出された成夢とエレナ。『大辻と、行谷です』以外の文言は二人同時に発した。
乗客たちは騒がしくはないものの、少しばかりの会話を交えながら画面を見上げている。
『で、僕はいったい、何を話せばいいんですかね?』
『それはその、アレよ。いつもうちをご利用いただいている清水さんの晴れの門出を祝って……?』
『なーにやってんだキミたちはー!』
と、乱入してきたのはぽっちゃり駅員の芹沢洋忠。
『はいはいどもども清水さーん、3次元の嫁は清水さんの嫁、2次元の嫁は僕の嫁、芹沢洋忠でございまーす! ぶひぶひ。これが流れてるってことは、そろそろ電車はうろな駅に着くころかなぁ? 具体的にどこを走ってるときに流れるのかは聞いてないけど、まぁ近くにいるってことで!』
『テキトーだなぁ』
成夢がボソッと言った。
『まあまあいいでないの! 3次元の嫁はいくらもらってくれても構わない! その代わり! 2次元の嫁はだいたい僕の嫁じゃい! 五等分どころじゃない! むしろ5兆人の花嫁と、僕は幸せになるんだあああ!! ではアディオス! 3次元の嫁と末長くお幸せに! あ、そうだそうだ、これは会社の偉~い人からの伝言なんだけど、電車に乗って、秋のうろな高原なんかを散策デートなんかいかがかな? ということである。真っ赤に色づいた紅葉のパーラダイスが待っている! みたいぷり。んじゃ、ばいばいぷりー!』
冷ややかな空気が支配する客室。
画面奥から『2次元女子って5兆人もいるんですかね』『さぁ、知らないわよ』といった会話が聞こえてくる。
これは、何かしらね? と、引き攣った笑顔の一流。
混沌に支配されしブライダルトレインは、何も知らない鯨の運転によりうろな駅に到着した。




