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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
ブライダルトレイン

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115/120

やばいよやばいよ

 15時ちょうど。発車予定時刻10分前。ブライダルトレインは発車準備オーライ。


 なのに、肝心の新郎新婦は未だ姿を見せない。


「鯨~、やばいよやばいよ~、どうすんのこれ~」


 最後部の咲月は、最前部の運転台で待機する鯨に車内通話。この声は客室には聞こえないモードにしている。


『無連絡なの?』


「えぇ、そうなんです」


 と、咲月とともに乗務員室にいる一流いちるが鯨に伝えた。本来、一流は5号車の乗車口で新郎新婦を迎える予定だったが、まさかの事態が発生し、指令室にいる指令員と密に連絡を取るため、乗務員室に入った。


 もし定刻の15時10分に発車できなかった場合、他の列車にも影響が出る。臨時列車のため、仮に少々の遅延が発生しても定期列車の運行に影響しないゆとりのあるダイヤ設定となっているが、あまり遅れると列車の運行順序が変更されたり、定期列車の遅延によりホームが人であふれかえる恐れがある。


 そこに入ってきたブライダルトレインを、誰が祝福するだろうか。


『そうですか。じゃあ指令に通告しますね』


 落胆気味に、鯨が言った。貸切列車の借り主が現れないなど支社管内では前代未聞。それを聞いた指令員はほぼ確実に物凄い剣幕で怒鳴る。


 鯨がその旨を通告すると案の定、


『ふざけてんのかこの野郎! 何考えてんだよ!』


 咲月と一流のいる乗務員室にも、指令員の怒鳴り声は響く。


 現場の人間に怒りをぶつけても仕方ない。こちらだっていつも指令員の現場見ずな運転整理に付き合っているんだ。


 現場の人間が我慢の限界に達すると、乗務員室や駅事務室から受話器越しのバトルが一般客にもしばしば聞こえてくる。


 しかし困った。このままではキャンセル。代金は収受済みとはいえ、多数の食材を無駄にはしたくない。電車区に引き上げてから、社員で美味しくいただくとしようかと、そんな思いが乗務員3人の脳裏によぎる。


 イベントキャンセルは残念だが、シェフが腕を奮った高級料理がいただける。


 高級料理を食べ慣れている一流、怒られてしょんぼりの鯨を他所に、咲月はそんなことを考えて唾を飲んだ。


 そのときだった。


『業務放送、ブライダルトレイン乗務員、お客さま改札口通過』


 駅事務室からの放送が、ホームに響いた。


 時刻は15時8分30秒を回ったところ。発車予定時刻まで残り90秒。なんとか間に合いそうだ。


 一流はお客さまを迎えに乗務員室を出て、ホームの階段を下っていった。


 咲月は乗務員の窓から顔を出し、ドアを閉める体勢に。鯨は呼吸を整え、計器類の間に置いた懐中時計、閉扉を知らせるパイロットランプ、前方の信号や支障物の有無を確認しながら右手はブレーキハンドル、左手はアクセルの役目を持つマスコンハンドルに添えた。


「新婦さんは!?」


 新郎だけを引き連れてきた一流に驚いた咲月。思わず百メートル先の一流に大声で訊いた。


「ウサから乗車です!」


 活発な咲月の声と高貴な一流の声が人のまばらなホームによく響く。


「了解!」


 ウサ。うろな沢駅の電報略語。


「乗車終了、レピーター点灯、発車!」


 咲月の声が高らかに響き渡ると、電車のドアが閉まった。

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