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うろな駅係員の先の見えない日常  作者: おじぃ
ブライダルトレイン

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111/120

復縁

「びっくりしたぁ。急に引っ張るんだもん」


「ごめんなさい」


「いいけどさ、車の邪魔になってたし」


 横断歩道ですれ違いざま、7年ぶりに再会した鯨の眼は、死んでいた。荒波に揉まれ、いまにも深い海の底に沈んでしまいそうな、そんな眼をしていた。


 青が点滅して赤になった信号の前には、どんどん人が滞留してきた。


「そうだ、私、鯨の会社に就職したよ」


「え」


 鯨は死んだ目のまま、私をまっすぐ見た。


「いやぁ、ほんとうに大変だったよ、就職。積もる話もあるし、ちょっとお茶でもしない?」


「え、あ、はい」


 よそよそしさ7割、親しみ3割の戸惑い返事をした鯨。元々の予定だった銀行での出金を済ませ、お茶をしようと言って連れ込んだのは、駅近くの居酒屋。きゃぴきゃぴなギャル店員さんに座敷席を案内してもらい、私は壁を背に、鯨は手前の通路側にちょこんと腰を下ろした。壁の上部には居酒屋らしく、ビール、日本酒、えだまめ、冷やしトマト、やきとんなどなど、紙に黒マジックで手書きされたメニューの札がずらり。


生中なまちゅうでいい?」


「あ、はい」


 私はきゃぴきゃぴギャル店員さんに「じゃあ、生中2つ、あとえだまめひとつお願いしまーす」と笑顔で告げた。「生中2つとえだまめひとつですねー」彼女は注文内容を確認し、メモにボールペンで書き込んで「生中2つとえあだまめー!」と、一人が通れる程度の狭い通路とカウンダ―席を挟んだ厨房に向かって告げた。厨房のあんちゃんたちも注文内容を反復して、「はいよー!」と付け足した。


 店員さんが私たちのもとを離れて、二人きりに。といっても、となりのテーブルには夫婦と、その娘らしき中学生くらいの女の子がいる。なにやら進路についての話をしているよう。


「私をふったこと、まだ気にしてる?」


 けろりとした顔をつくって、私は鯨に訊いた。


「そりゃ、まぁ」


「そうだよね~、おかげで私、あれからずっと男日照りなんだよね~」


「すみません」


「元カノにそんなよそよそしくしないでよ、心がちょっとずつ傷ついてくじゃん」


「ごめんなさい」


「まぁいいけどさ」


「すみません」


「だからいいって。それより鯨」


 女の子座りをしている私はときどき身動みじろぎをしながら、自分の脚をさりげなく鯨の脚に接触させて、彼の気を引こうと試みている。


「はい」


「また私と、付き合わない?」


 軽い素振りで一か八か交際を申し込むと、鯨は私から目を逸らして表情を隠すように俯き、そのまま口を開く。


「僕、いま、好きな人がいるんだ」


「えっ?」


「だから、その」


 あぁ、そっか、そうなんだ。


「そうなんだ! そうだよね! 鯨はやさしいからモテモテだよね!」


 やだ、なに笑顔で誤魔化してるの? 心の中は今まで味わったことない闇と絶望が渦巻いてるのに、やだ、やだ、でも、でも、笑顔を崩したら私……。


「ごめん」


「えっ? なんで謝るの?」


「それは、だって」


 言われなくてもわかってる。それでも頬を伝う涙は、抑えようがない。


 私、弱いな。でも、大好きな人にフラれるって、言葉にならないくらい辛くて、切なくて、この先どうやって生きてゆけば良いのだろうってくらいの絶望に覆われるんだ。


「ごめん、戸惑わせちゃったね。その恋、うまくいくといいね」


「うん。だから僕、人生で初めて告白しようと思ってる」


「ごめん、やめて、それ以上言われたら私、どうにかなっちゃう」


「やめない」


「なんで、なんでよ!? 私だって気丈に振る舞ってるだけでそんなに強くないの! そのくらいわかってよバカ!」


 周囲がざわつく。普段は黙り込む観衆も、居酒屋では声を出す。店員さんもみな、こちらを見ている。


「だって、僕が好きなのは、咲月さんだから」


「へっ?」


 え、なになに、どういうこと? 


「だから、その、良かったら、また」


「また?」


「付き合ってもらえたらな、と」


「は、はい」


 おおおおおお!!


 観衆から歓声が上がる。


 恥ずかしくて、恥ずかしすぎて、頭が熱い。


「良かった」


「キッス、キッス!」


 観衆の男一人が言うと、他も同調してキスを煽ってきた。


「えっ、えー、どうしよう? 鯨がいじわるするから」


「す、すみません、ちょっとからかっただけのつもりが」


「もう」


 言って私はテーブル越しに座る鯨の背を抱き寄せ、唇を重ね合わせた。


「ふおおお!!」


 異様なテンションでの祝福を受けた私たちは、もうこの場にいるのが恥ずかしくて、残っていた飲食物を口に放り込んで店を出た。


「この後、どうしようか」


「あの、この先に、ちょっと行ってみたいところが」


「この先? 何かあったっけ?」


「海の前の交差点のあれ、改装したみたいで」


「交差点のあれ……あっ、そうだね、改装したね」


「はい……」


「しょうがないなぁ、もう。鯨のエッチ」


「すみません」


「いいよ。私もあそこ、気になってたし、それに……」


 そのとき、北風が私たちの背を押した。火照ったからだを冷ますように。


 互いに恥ずかしくて、人も車も少ない夜のサザン通りを身を縮めて歩き、建物にそっと隠れた。

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