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◇事前教育は重要です◇中編

「……あっ」

「あ……」


 ベシャッという音を立て、地面に叩き付けられた買ったばかりのアイスクリーム。さあ食べようと大きく口を開けたままの子供。その横に気まずい表情の青年。子供の眉尻が徐々に下がり、口元が悲しそうに引きつり出す。大きな茶色の瞳には涙が溜り、今にも零れそうである。


「僕、の、アイスク、リーム……ふえっ」

 ついに泣き出してしまったものの、エグエグとしゃくり上げながらも、ぶつかってきた青年を責めることはない。

「あ、すまない。……そこのアイスクリーム屋のものだな? 弁償する」

 そう言って泣き止まない子供の手を引き、三十メートル程先に見える今王都で人気のアイスクリーム店に連れて行く。

 先程地面に落としたアイスクリーム--真っ赤な色が特徴のチェリーアイスを手渡すと、ようやく子供に笑顔が戻り青年は胸を撫で下ろすのだった。

 とはいえ、「弁償したので、はい、さよなら!」という訳にもいかず、ベンチに座って行儀よく食べ進める子供の横に、仕方なく腰を掛ける青年。


「ぶつかってすまなかったな。美味いか?」

「はい。おいしいです。僕もまわりを良く見てなかったのが悪いんです。それなのに、買ってくれてありがとうございます」

「はは、小さいのにしっかりしているんだな」


 そう言いながら青年は、大人しくアイスクリームを食べている子供を観察する。

 

 --身なりは、悪くないな。ん? ……これは外校の制服か? じゃあ貴族か。よくこんなにも素直に育てれたものだ。……しかし一人で出歩くのは感心しないな。諸国に比べて治安が良いとはいえ、人(さら)いもまだ横行しているというのに。こんな育ちの良さそうな子供、格好の餌食だろうに供の者はどうしたんだ?

 周りをチラリと確認するが、供らしき者は見当たらない。

 

 --仕方ない、家の近くまで送るか。


 そのまま放り出す気にもなれず、最後まで付き合おうと腹をくくった青年は口を開く。

「俺はアルフォンソ・ベルジュだ。名前を教えてくれるか?」

「あ、僕はクロード・ロゼフィンです」

「クロード、だな。自宅は近いのか?」

「ここから十分くらい歩いたところです」

 子供の足で十分ということは、大人なら半分程度の時間で着く距離だろう。

「そうか。近いとはいえ、子供一人では危ないからな。食べ終わったら、自宅まで送ろう」

「ありがとうございます」

 そうお礼を言うと、慌てて残りのアイスクリームを食べようとするクロードに「慌てなくていいぞ」と声をかけたアルフォンソ。その言葉にコクンと頷いたクロードは、はじめと同じくらいのペースで食べ進める。


「供の者はどうしたのだ?」

「とものもの?」

「難しかったか? そうだな……クロードはいつも外校には一人で通っているのか?」

「アネッサといっしょに行ってます」

「アネッサ?」

「がっこうでできた新しいお友だちです」

「そうか。今日はアネッサはどうしたんだ?」

「ごはんの時間のあと、おなかが痛いって帰っちゃいました……」

「そうか……」

 と返事をしてみたものの、アルフォンソが聞きたかった答えと少しずれていたため、質問をやり直す。


「クロードは、大人とは一緒に行ってないのか?」

「きょうは、一人です。いつもはメイドのタマラがいっしょに行ってくれます。でも、週に一回だけ一人で行くれんしゅうをしています」

「一人で? 危ないな」

「大丈夫です。もし『へんしつしゃ』があらわれたらこれを使いなさいって、おとうさんとおかあさんから言われています」

 そういって小さなたまを服の中から引っ張り出す。茶色の皮紐で留められた小さな珠。

 何も知らない者が見たら、小さな宝石だと思うだろう。

 だがこれは『魔石』だ。高価なものではある。だが魔石にも色々あり、子供の護身用として持たせるものならばさほど威力は必要ない。貴族なら買うことが出来るだろう。

 魔術師であるアルフォンソには別段珍しくもない魔石。そのため、その小さな魔石のペンダントよりも子供の口から放たれた言葉が気になった。


「変質者……」

「はい。『おかしをあげるからこっちにおいで』とか『おうちの人が呼んでるから、いっしょに来て』と言って、つれて行こうとする人って言ってました」

「……俺も、『アイスクリーム買ってあげるから』って君を連れて行こうとしたんだけど……」

 すぐ目の前の店とはいえ、もう少しで自分も変質者認定されるところだったのか、と引きつるアルフォンソ。


「いいえ、お兄さんはちがいます」

 言いながら首にかけている魔石のペンダントを服の中に戻すクロード。

「見た目で判断するのは危険だぞ」

「でもお兄さん、まじゅつしですよね?」

 その言葉に、とっさに自分の着ている服を確認するアルフォンソ。

 だが魔術師の証といってもいい、黒の軍服は脱いでいる。今はシンプルな、どこにでもいそうな服装をしていた。

 この状態のアルフォンソを「魔術師だ」と断定出来る者は、『顔見知り』か『魔力を持つ者』のみ。魔術師はお互いがそうであることが--身体を巡る魔力が、なんとなくわかるのだ。

 力の強い魔術師になると、相手の魔力で場所まで断定できるらしいが、実際出来る者をみたことのないアルフォンソにしてみれば眉唾ものだ。


「……お前、魔力があるのか?」

 言われてみれば、微かではあるが確かに感じる魔力の流れ。城以外でそうそう魔術師と出会うことがないため、言われるまで気がつかなかった。

「はい。でも何のまじゅつも使えません。『まじゅつし団に入ってから学べばいい。今は子どもとしてすごせ』。おとうさんがそう言うので」

「そう、か」

 

 --確かに普通の者では、魔術など教えることも出来ないから無理はない。ではこの子供があと十年もしたら、後輩として入団してくるのか。

 しかし『子供として過ごせ』か。自分と同じ貴族の子弟で魔術師だというのに、子供対する姿勢が正反対だな……。

 

 突然黙り込んでしまったアルフォンソを不思議に思いながらも、クロードは折角買ってもらったチェリーアイスが溶けないように、モグモグと食べることに集中するのだった。


**


「また会ったな」

「こんにちは」

 

 初めて会ったあの日以来、こうしてアイスクリーム屋のある公園でたまに出会う。お互いが一人のときにしか声を掛けないものの、クロードが一人で外校がっこうに通う日には、どちらからとも言わず会って話すようになっていた。


「アルさんはまじゅつしなんですよね?」

「ああ。といっても最近魔術師団に入ったばかりの新米だけどな」

「そうなんですか。たのしいですか?」

 

 わくわくとした気持ちを隠しきれていないクロード。クロードは将来自分が魔術師団に入ることを理解している。そのため魔術師や魔術師団の存在が、また魔術自体が気になって仕方がないのだ。

 自分の父親が魔術師団の長とは知らないクロードにとって、現在唯一の知り合いである魔術師アルフォンソにこうして会う度、色々な話をねだるのだった。


「楽しい?」

「はい。ぼくはがっこうが毎日たのしいです。新しい字をならったり、知らない国のしゅうかんを学んだり。たくさんできた友だちと遊んだり、毎日がドキドキ、わくわくします。アルさんはちがうんですか?」


 きらきらとこげ茶色の瞳を輝かせながら、ほんのりと紅潮した頬を緩め、うれしそうに話すクロードの姿に、アルフォンソは眩しそうに眼を細めた。


「俺は、魔術師の外校に行っていないんだ。もちろん両親が家庭教師チューターを雇っていたので、勉強に支障はないが……クロードみたいに遊ぶ友達はいなかったな。この年になって初めて集団に放り込まれた先は、人間嫌いで有名な魔術師団。ま、仲間意識はあるようで、良くしてくれる先輩もいるが……わくわく、はしないかな」

「むずかしくて、あまりわからないですけど……アルさん、たのしくないんですか? まじゅつし団やめたいですか?」

「……いや、俺は別に辞めたくはないよ。でも辞めて欲しい人ならいるけどな」

「やめてほしい人、ですか?」

「ああ。魔術師団長といって、魔術師のトップにいる人だ。結婚して城に来ない上に、仕事も部下に任せきり。そのくせ役職にだけはしがみついている嫌なおっさんだよ」


 溜りに溜まった師長への不満を口にするアルフォンソ。

 幸い『魔術師団長(嫌なおっさん)』が『お父さん』だと気が付かないクロードは、忌々しそうに顔をしかめる目の前の青年を戸惑うように見つめる。

 子供の前で話す内容ではなかったと気が付いたアルフォンソが、「ま、そのうち副師長さまがその地位を引き継いで下さるのを待つさ」と笑顔で話を締めくくる。


「ふくしちょうさま?」

「魔術師団長の次に偉いお人だ。実質、今の魔術師団はこのお方が動かしているといってもいいだろうな」

 優しく強い、敬愛する副師長の話に、どこか誇らしげな表情を見せるアルフォンソ。

 だがクロードの次の一言で顔つきが一変する。


「ぼくのお父さんのなまえに似てます」

「名前?」

「いつもお母さんが、『しちょうさま』ってお父さんのことをよんでます」

 照れたように両親のことを話すクロードは、驚きの表情を浮かべたアルフォンソに気が付かない。


「師長さま?」

「はい」

「クロードって、外校に入ったばかりだったよな?」

「はい、九月からです」

「クロードの家名、ロゼフィンだっけ?」

「……? はい」

「お父さんとお母さんの名前、良かったら教えてくれないか?」

「お父さんは…………? あれ? なんだったっけ? お母さんのことは『ユカ』ってお父さんが呼んでます」

 なんとか父親の名前を思い出そうとして「うーん」と首を捻っているものの、出てきそうな気配はない。


「ユカ・ロゼフィンか……」

「アルさん、どうかしましたか?」

 クロードは急に様子のおかしくなったアルフォンソを、心配そうに覗き込む。

「いや、ちょっと用事を思い出したんだ。城に戻りたいんだが、一人で帰れるか?」

「はい。近いですし大丈夫ですけど……」

「そうか、すまない。またな!」

 そういうとアルフォンソは腰を下ろしていたベンチから立ち上がると、軽く手をあげた後足早に立ち去る。

「おしごと、かな?」

 見えなくなった背中をぽかんと口を開けまま見送ったクロードも、日が沈まない内に、と急いで公園を出るのだった。

 


 その翌週、いつものように外校がっこう帰りに公園に向かったクロードは、アルフォンソの姿を探すが見当たらないことに首を傾げる。

 

 ーーあれ? いないや。


 先週の慌ただしい帰り方を思い出し、仕事がいそがしいのかな? と踵を返したとき、ふいに自分の名前を呼ばれた気がして辺りを見渡す。


「クロードッ!」


 今度ははっきりと聞こえ、声のした方を見遣るとアルフォンソが公園の入り口近くから、クロードのいる場所に向かって走ってくるところだった。


「アルさん」

「クロード、すまない。少し用事があって遅くなってしまった」

 珍しく黒い軍服--魔術師団の制服を着用したままのアルフォンソ。おそらく城から走ってきたのだろう。額に汗を浮かべ、息が荒い。


「むりしなくても、良かったんですよ」

「いや、どうしてもクロードに見せたいものがあってな……今日会っておきたかったんだ」

「見せたいものですか?」

「魔術師の教本だ。見てみたくないか?」

「見たいですっ!」

 

 間を置かずに勢いよく返事をするクロード。以前からアルフォンソと会う度に魔術師関連の話をねだっていたのだから、興味がないはずがなかった。


「ここには持って来てないんだ。俺の部屋に置いてあるんだが、時間は大丈夫か?」

 コクンと頷くクロード。しっかりしているとはいえ、まだ五歳にもならない子供だ。しかも相手は顔見知りの親切なお兄さん。このときアルフォンソが企みを持っていたなどと、気が付かないのも無理はなかった。


**


「タマラ、クロードはまだ帰ってないのかしら?」

「はい、奥様。クロード様はいつもお一人で通学なさる日は決まって遅いのですが、今日はいつもよりも遅いようでございますね」

 そう言いながらクロード付きのメイドであるタマラは、そわそわと心配そうに玄関を見つめる。

「そうよね、いつもならもう帰っている時間だわ」


 結花も自分の子供のことだ、いつも決まってその日だけ帰りが遅いことに当然気が付いていた。

 だが子供が道草をくうのは自然なこと。結花もかつてはランドセルを背負ったまま、暗くなり母親が迎えに来るまで公園で友達と夢中で遊んでいたことを思い出す。

 

 ーー心配のし過ぎかもしれないわね。


 そんな風に思いながらも、結花はクロードを迎えに行くことに決めた。

「もし、私と入れ違いでクロードが戻ってきたらよろしくね。私は近くを探しに行ってくるわ」

「かしこまりました」

 そう言い残し玄関から出て行こうとする結花に、タマラがおずおずと声を掛けた。

「あの……奥様。旦那様には申し上げなくて宜しいのでしょうか?」

「クロードには魔石を持たせているから、もし変なことに巻き込まれていたら師長さまがすぐに反応するはずよ。たぶん友達と夢中で遊んでて、時間なんてすっかり忘れているだけだと思うわ。師長さま、今仕事で忙しいみたいなの。さっきまで私も手伝ってたんだけど……後は魔術を使えないと出来ないことばかりだったから。ご自身から部屋を出てこられるまで、そっとしといてあげてね」

「かしこまりました。では旦那様が部屋をお出になられたら、念のためにお伝えいたします」

「よろしくね」


 そう声を掛け、結花は自宅を出る。その際にちらりと装飾品を確認するのを忘れない。

 クロードには万が一に備え魔石のペンダントを持たせているが、結花を溺愛しているといってもいいレイナードが妻に持たせないわけがない。何しろ彼女には盗賊に攫われた--厳密言えば違うのだが--前科がある。また同じことが起こらないとは言い切れない。


 そのため結花に青く輝く石のついた指輪と腕輪をプレゼントしたレイナード。

 当然、彼の力がこれでもかと込められている。幸い未だ使用したことはないが、もし使うことがあれば、結花に悪さを働こうとした悪漢は後悔する暇さえ与えてもらえないだろう。

 レイナードの魔力が込められていることは知っているが、せいぜい防犯ブザー代わり、あるいは催涙スプレー程度の撃退力だと思い込んでいる結花。まさかそんな凶悪な装飾品を身に着けているとは思いもしていない彼女は、呑気なものだ。


「寄り道の定番といえば、やっぱりあそこかしら?」

 ひとり呟くと、家からほど近い公園へと歩みを進めるのだった。


**


 結花がクロードを探しに行ってそろそろ三十分以上が経つ。

 近くの公園まで片道五分、往復でも十分だ。ゆっくり歩いたにしてももう帰っていなければおかしい時間。クロードに続いて結花までもが戻らない事態に、タマラはそわそわと玄関ホールを行ったり来たりしていた。


 --奥様が向かわれたのは多分公園よね? お戻りにならないってことは、クロード様はそこにはいらっしゃらなかったのかしら? では何処に? ご友人のところかしら?


 タマラが玄関でクロードと結花の帰りを待っていると、突然ドアノッカーが音を立てた。

「……変ね? 来客の予定なんてあったかしら?」

 記憶を辿るように目を細めるタマラ。しかしどう考えてもこんな時間に来客の予定は出てこない。もし約束していたのなら、レイナードの秘書代わりをしている結花が外に出ていくはずがないし、この時間帯の約束なら晩餐を一緒に取るだろう。その割には厨房は落ち着いている。


 不審に思いながらも、緊急の用件かもしれない。そう思い静かに扉を開く。魔術師長の自宅に押し入ろう! などという猛者はそうそう現れるものではない。そのため門番を雇ってはいないのだが、こういった時は少し怖い。普段よりも薄めに扉を開けて人物を確認したあと、大きく開き直す。


「…………」

「あの、失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」

 

 屋敷に突然前触れもなく現れた客人に、戸惑いながらも声を掛ける。王族でさえも事前に約束を取り付けてからくる場所に、突然アポなしで現れた青年。それでもメイドが失礼な態度を取らないのは、彼が黒い軍服を着ているためであった。

 

 黒い軍服は魔術師団の証。つまりこの屋敷の主人の部下なのである。


 --旦那様がお呼びになったのかもしれない。

 ーー緊急の用件があるのかもしれない。


 そんな考えも捨てきれないため、門前払いをすることもできない。一向に返事をしないこの青年にメイドも徐々にしびれを切らしかけた時、ようやく青年が話しだした。


「魔術師団長……さまを、お呼び頂けないか?」

 ようやく口を開いた青年は、この家の主をこの場に呼びつけろという。

「旦那様をこちらに、ですか? あの、失礼ですがお名前は?」

「……クロードのことで話があると……。まだ、戻ってきていないだろう?」


 青年のその言葉に慌てた様子のタマラは、「少々お待ちくださいませ」と言ってその場を離れる。それを緊張した面持ちでじっと見つめる青年――アルフォンソは、メイドが見えなくなったことを確認して「ふうーっ」と大きく息を吐いた。


「旦那様っ! 旦那様っ!」

「一度呼べばわかる。何度も呼ぶな」


 日頃は声を掛け、ノックしてから入室するよう躾けられているメイドが、騒々しく慌てた様子で部屋の中に飛び込んでくる。難しい術だけに集中していたレイナードは、中断されて少し不機嫌そうだが、クロード命のメイド――タマラはこの非常時にそんなことでめげはしなかった。


「あのっ、実は……、何から話せばいいのか……あの、クロード様がまだお戻りになっておらず、奥方様が探しに出掛けられたんですが、……そのまだお戻りにならなくて、」

「ユカとクロードが何かに巻き込まれたのか?」

 焦るあまり要領を得ないタマラの説明に、それでも結花とクロードの異常に気が付いたレイナードは、ピクリと眉を顰めると厳しい口調でそう尋ねる。


「いえ、そうとは言い切れないんですが、まだお戻りにはなられてなくて……。今、魔術師団の方がお見えになられているんですが、その、クロード様のことでお話しがあるから、旦那様に階下にお越しになって頂きたいと……」

「クロードの事で?」

「まだクロード様がお帰りになっていらっしゃらないこともご存じのようで」

「結花が探しに出掛けてどれくらいになる?」

「もう三十分以上は経っております」

「クロードは?」

「普段はもう少し早い時間にお戻りになられます。今日は少し遅いようでしたので、奥様が迎えに行かれると仰って」

「その者はユカのことも、何か言っているのか?」

「いいえ、奥様のことは何も」


 タマラの返事の後、少し考え込むように目を伏せたレイナードは耳元のピアスを触る。


「……出ないな」


 小さく舌打ちをすると、そのまま座っていた椅子から立ち上がり階下へと向かう。

 以前初めて日本に行った際、携帯電話をまねて作った通信機ピアスは、改良を重ね、今ではほぼ電話と遜色のないレベルになっていた。だが、それも相手が出なければ意味がない。不機嫌なことを隠しもしない表情のまま下に降りたレイナード。


 その視界に移るのは、まだまだ未熟なひとりの魔術師の青年。緊張した面持ちで、だがレイナードに明確な敵意を持って睨みつけてくる。


「俺に何か用か?」

「あ、んたが……」


 銀糸のような髪に、それよりも少し色の濃いブルーグレイの瞳。恐ろしく整った顔を持つ三十歳前後の男性。すらりした百八十センチ近い長身。不機嫌な表情でさえなければ、どこぞの美術品のようである。

 想像していた「脂ぎったおっさん」でなかったことに、少し面食らった様子のアルフォンソだったがすぐに戦意を取り戻す。


「俺は、アルフォンソ・ベルジュ」

「何の用だ? クロードの何を知っている?」

「今日は……、今日は取引にやって来たんだ!」

「取引?」

「ああ。あんたには魔術師団長を辞めてもらう!」


 ビシッと人差し指を向けて、声高に言い切ったアルフォンソ。本人は言い切ったぞ、決まったと満足気な顔で先を続ける。


「クロードはまだ帰ってきていないだろう? 彼を無事に返して欲しければ、今すぐ魔術師団長の職を辞するんだな!」




※最初の二行で勘違いされた方、すみません。前編からの流れで紛らわしいかと思ったのですが(笑)この小説は全年齢対象です!!

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