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 更けきった夜空は星の密度が異様に高い。いまにも頭上に降り注いできそうなほどだ。冷たく澄んだ空気と共に神聖な夜が心に沁み入ってくる。サッチモ・ザ・グレイトの低く深みのある歌声が聞こえてきそうだった。

 歓迎の儀式には正装で臨んでほしい、とブレンダンから手渡された衣装は派手な毛布に長いフリンジが着いたようなもので、胸には写真立てみたいなものが四つぶら下がっている。孔雀が羽根を広げたような被り物に褌といった勇猛果敢なスタイルを想像していた僕だったが、考えてみれば極寒のアラスカであの格好はない。後にブレンダンが語ったところによれば、羽根冠の習俗のない部族も多くあるそうだ。

 目が慣れてくると戸口にネイティブの女性が立っているのが見えた。いや、あれは――。

「君だったのか……。それ、凄くよく似合ってるよ」

 知世だった。皮をなめしただけの長いワンピースをすっぽりと被り、足元には、いまや死滅したルーズソックスのようなブーツ、長い髪は三つ編みにされており羽飾りのついたヘッドバンドをしている。胸から肩にかけキラキラ反射しているものは無数のビーズや貝殻のようだ。

「ありがとう。いきましょう」

 知世は少し照れたように笑った。

「主役が遅れてちゃだめじゃないか」

 焚き火を囲むひとの輪にはいっていくとブレンダンに背中を叩かれる。見ると彼もアリスも、昼間は思い思いの服装だったネイティブの人々も、全員が民族衣装に身を包んでいた。

「他の連中は?」

「うん……」

 どこか歯切れが悪い。僕は重ねて訊ねた。

「なにか問題でも起きたのかい?」

「いや、そうじゃない。彼らには少し偏見があってね――。君が気にする必要はない。楽しんでいってくれ、族長を紹介しよう」

 車座の一番奥に案内される。大変、失礼だとは思うが、愛ちゃんのお絵かきのような仮面を被った男性の隣にどっしりと座る老人がそのひとだと紹介された。赤銅色の肌に幾重にも刻まれた皺は、格式と年輪の重みを感じさせる。隣に席を勧められた僕は恐縮しながら腰を据えた。糸を紡ぎ編み上げただけの座布団は硬くて痔になりそうだった。

 歓迎のダンスが始まった。焚き火の周りをホッホ、ヒッヒと跳ね回るのはテレビか映画用に誇張されたもののようで、優雅でしめやかに踊る彼らの姿はなんと言うかこう、自然との調和を感じさせるものだった。古モンゴロイドを根っことするアジア人と関わりが深い彼らの歓迎は、束の間、僕に部屋から六千キロメートル離れた地にいることを忘れさせてくれた。

 ここに来て何度目かの「パパー、みてー」の声に眼を遣ると、小さなインディアン人形が走ってくる。頬には白と赤で戦闘の隈取りまでされていた。

「似合う、似合う。ずっと前からここで暮らしているみたいだね」

 満足げに笑う愛ちゃんは、にこやかにおいでおいでをする族長の前に出て、しとやかにお辞儀をして見せた。

「彼らに感謝を告げてくれないか」

 ブレンダンに頼むとこんな言葉が返ってきた。

「君から言えばいい。心からの気持ちは言語を越えて伝わるはずだ」

 人見知りが激しく気弱な僕だ。以前だったら「でも」とか「だけど」とか言うばかりでなかなか行動に移すことができなかった。だが、今夜は違う。族長の前に跪いて日本語で感謝の弁を述べる僕に、彼は熱い抱擁で応えてくれた。


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