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「パパー、みてー、これー」

 愛ちゃんの優れた聴覚は、三十メートル離れたトレーラーハウスのドアが閉まる音を聞きつける。その紅葉のような手にビーズの首飾りみたいな物を持って駆け寄ってきた。

「へえ、きれいだね。もらったのかい?」

「ちがーう、愛がつくったの!」

「そいつは凄いな。あの子たち教えてもらったのかい?」

 僕が訊くと、愛ちゃんはこっちを見ていたネイティブの女の子たちに手を振った。

「うん! イスタスとキミメラよ」

 ひととひととのコミニュケーションに於いて言語が占める割合は三割程度だと言う。伝えたい思いの強さが相手の理解を亢進させ、配慮と忖度が言葉も人種も飛び越えさせるのだ。

「仲良しになったんだね」

「うん。あっ、ママだ! ママー」

 僕の講釈など必要なかった。愛ちゃんは一瞬たりとも母親の愛情を疑うことはない。

「あら、できたのね。よく頑張ったわ。えらいぞー」

 知世は愛ちゃんに目線を合わすように身体を屈め頬をすり寄せた。

「へへえ、つぎはそりにのせてもらうの。ママは、パパにきいてからになさいって。ねえ、いいでしょう?」

 この年頃の子は、寝ている時以外、ひと時も動きを止めない。愛ちゃんは駆け足で僕の許に戻ってきた。

 元来が犬好きな僕は、デパートの前で寄付を募っている盲導犬協会のロートル犬を撫でまわし、手に匂いを染みつかせては後悔したものだ。だが、愛ちゃんが指差す先、木製の橇に繋がれた数頭は、犬と言うより狼に近い。

「危なくは……ないのかな?」

「この世界に絶対と言えるものなどなにもない。古来よりひとは失敗して学び、それを教訓としてきた。いまの人類が必ずしもそうだと言えないのは哀しいことだわ」

 言い回しは小難しいが、可愛い子には旅をさせろってことだな――僕はそう解釈した。

「行っておいで、でも気をつけるんだよ」

「わあい、ありがとう。パパ」

 愛ちゃんは再び駆け出していく。橇の準備をしていたのはホキイで、お腹の大きな女性が一緒だった。イスタスとキミメラを混じえて談笑する姿はとても微笑ましく感じられる。

「家族なんだろうか?」

 顔をそちらに向けたままで、僕は知世に訊ねた。

「この村すべてが家族みたいなものだけど、婚姻関係を問うならそのとおりね」

「午後は気温も上がる。これだけの残雪があれば雷雲の発生も期待できると思うがどうかな。準備だけは怠らないでくれよ」

 背後の声に振り返ると、アリスを伴ったブレンダンが立っていた。僕の頭越しにホキイ一家を見るその眼には羨望があらわになっている。

「そうなるといいね」

 ホキイにはハープでの借りもある。そうそう何度も雪の森を抜けて行くのは願い下げだが、もし雷雲が発生し、銃の標的になることなく落雷を誘導できるなら、村の生活基盤となる森を取り戻してあげたい――僕はその思いを強くした。

「あれは?」

 広場のなかほどでは村人たちが石を積み上げ、焚き火の用意をしている。

「メディシン・ホイールを作っている。彼らの信仰の証よ。天文学の影響を受けてると言われてるわ」

 アリスが教えてくれた。

「へーえ、雨乞いでもするのかな?」

「俊哉を歓迎する儀式よ」

「えっ……」

 このまま雷雲が発生もせず、なにもしないで帰途に就くことになった場合はどうなる? 

 脳裏に、二~三年後放送予定のヒストリーチャンネルのサブタイトルが浮かんだ。

『極北の地で神を騙った日本人』



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