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 僕は夢をみていた。落雷誘導のメカニズムがどうなっているかを探ろうとするデイヴィッドたちに頭を開かれる夢だった。手術台を取り囲む面々のなかには知世の顔もあり、胸を強く押される感覚にガバっと跳ね起きた。

「つぅ……」

 酷く頭痛がして、口のなかにも嫌な苦味がある。

「おーきーなーさーいー、ごはんだよー」

「あ……、ああ、起きたよ。ありがとう」

 僕の薄っぺらな胸をグイグイ押していたのは愛ちゃんだった。ベーコンの焼ける香ばしい匂いがする。

「愛、パパは起きた?」

 知世の声がした。

「うん! おねぼうさんですねー」

 愛ちゃんの甲高い声が頭に響く。

「パパは歯磨きをしてくるよ」

 悪夢は疲れた身体が呼び寄せるものらしい。雪の森を歩き回った疲労は抜け切ってないようだ。背筋が軋むような音を立てた。

 トレーラーハウスの通路は狭く、キッチンに立つ知世の後ろを、身体を横にして通る。

「いい匂いだね、歯ブラシはあったかな?」

「ええ、買ってきたのが置いてあるわ」

 いつ買い物にいったのだろう? 記憶を呼び起こそうとすると頭痛は一段と激しくなる。

「そっか、ありがとう」

 腕時計を見ると、時刻は正午を回っていた。十一時間も寝ててこのザマか――。鏡に映る『モテない君』の眼は腫れぼったく、唇は歯科医で麻酔を射った後のように閉じきらない。スポーツドリンクを飲み忘れたテレビタレントのようだった。幸いにして頭を開かれた跡はない。

 少し頭痛が治まると股間が冷たくなっているのに気づいた。

〔おいおい、その歳で夢精かよ〕と、2ちゃんねるが突っ込んでくるかと思ったが、そんなことはなかった。

「どうしたの? ひどい顔ね」

 テーブルに着くと知世が言った。顔色のことだとわかってはいても、僕は少し傷ついた。

 トレーラーハウスの外が子どもの声で騒がしくなると、愛っちゃんがそわそわし始める。

「あそんできていい?」

「パンが残ってるじゃない」

「おなかいっぱいだもん。もう、たべられないもん。ねえ、パパ、いいでしょー」

 こういう時は僕に頼めばオッケーが出やすいことを愛ちゃんは知っている。

「食べられなきゃ仕方ないね。いいよ、いっておいで」

「わーい」

 愛ちゃんがトレーラーハウスを飛び出していくと知世は僕を睨んだ。

「……もう」

「なんだい、怖い顔をして」

「あなたはあの子に甘すぎよ。これから幼稚園、小学校と集団生活に慣れていかなきゃいけないのに。わがままが通らない場合もあることを教えないといけないのよ、それを――」

「あはは」

「なにがおかしいの」

「いや、そうしてると君は、あの子の本当の母親みたいだ」

「はぐらかさないで」

 ぷい、と顔を背ける知世だったが、そこに怒りの感情はない。

「愛ちゃんを見てくるよ。ママは愛が可愛いから厳しくするんだよ、って言ってくる。それでいいかい?」

「知らないっ」

 守るべき家族を持てば、僕みたいな頼りないのでも家長らしく振る舞うことができる。〝責任がひとを育てる〟とは、よく言ったものだ。

 成長を確固たるものにするため、僕にはやらねばならないことがある。

 トレーラーハウスのクローゼットを開け、僕はホテルの売店で買った真新しいパンツを取り出した。


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