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「実は、メンバーの間にプランBは選民思想だと考える意見があってね。僕とダニエルは折衝案を見つけられないかと話し合いを持ってみた」
僕はアイダンに向き直った。
「プランB反対派の君には好都合だったね」
「最善が望めない場合、善後策を探るのが人類ってものじゃないか」
例え正当な指摘でも、それが『モテない君』発だと、痛くプライドを傷つけられるらしい。アイダンは心外そうに顔を歪めていた。
「人類ねえ……。まあ、聞かせてもらおうか」
コーヒーを飲み干した僕は、手近にあったスツールを引いて腰を下ろす。
「君も知ってのとおり、当初、僕たちに課せられた使命は、進化の可能性を秘めた遺伝者保持者を探し出し、保護、そして理想のパートナーを見つけて次世代に期待をかけるというものだった」
「だが、思ったほどの数を見つけ出せなかった。焦ったデイヴィッドは、未来を託せる種の創造に着手しようとした――それがプランBの骨子だったように思うけど、違うかな?」
全身筋肉痛で不機嫌だった僕は、アイダンの説明を端折った上、推論までぶちまける。
やはりな――。表情の抜け落ちた一同の顔から、それが見当違いでないことは明白だった。
「考えるに」僕は続けた。「〝彼〟の意思はそのまま、プランBも実行に移す。つまり中道を行くというのが君の言う折衝案じゃないのか? 残念ながら僕には折衷案としか思えないね」
「今日はやけに威勢がいいじゃないか」
揶揄するように言うダニエルだが、狼狽から立ち直れてないのは声の調子でわかる。
「あなたの保護は続けられるのよ」
アビゲイルの言葉にはおもねるような響きがあった。
「でも、そこに僕の意思は反映されてない。それで、僕にどうしろと?」
僕は視線をアイダンに戻した。
「このアビーと寝て欲しいんだ」
なにを言いだすんだ、このトム・クルーズもどきは――。
「アビーとの交配で産まれる子どもに、君の特異な遺伝気質が発現する可能性は三十パーセントしかないが、知世とでは二十二パーセント、アリスが相手では八パーセントまで降下してしまう」
そりゃあ、映画スターみたいな美女を抱けるなんて機会は滅多に……、いや、きっとこれを逃せば一生ないだろうけど……。
「君たちはどうだか知らないけどな」
想像だけで反応してしまった僕は前屈みになって憤慨した。「愛してもいない女性は抱けない。自慢じゃないが僕は風俗童貞なんだぞ!」
〔本当に自慢にはならんな。まあ、興奮せず情報を整理してみよう。特定の分野に精通したのは居るが、偏りも著しい。だからこそ、こうまで僕を当てにし、中東にいるドクターZの招聘を画策している。おい、聞いてるのか?〕
だしぬけに眠気が襲ってきた。2ちゃんねるの声が遠ざかっていく。取り落としたマグカップの割れる音を、僕は意識の外で聞いていた。




