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「危ないところだったな」
ハープの視察を終え、戻った僕にアイダンが言った。
〔ふん、白々しいヤツだ。もし、あのまま僕が拘束されれば、すぐに撤退して任務続行不可能を主張するつもりだったくせに〕
――そんな意図があったのか?
〔僕の安全を優先させるなら、端から〝正面の森に飛び込め〟と言っていたはずだ〕
確かにそのルートを辿れば『見えない君』なしでもアンテナレイ直下まで行ける。実際、起き上がった僕が森に飛び込んだ途端、バッテリーは切れ、ブカブカのスキーウェアを着たマヌケ面は途方に暮れて突っ立っていたものだが、こうして目的を達成して戻っている。僕は探りを入れるつもりで黙っていた。
「ハープ本体の全容は見たんだろう。フェンス越しでも落雷の誘導は可能なのか?」
アンテナレイの周囲は高さ3メートルのフェンスが張り巡らされ、上部には氷点下の冷気さえ茹で上げるほどの高圧電流が通してあるのを僕は見ていた。
確か海では……僕は記憶を辿った。
「アンテナレイを視界に収めることができれば大丈夫だと思うよ」
「そうか、安心した」
どこか上の空のような呟きだった。
プランBへの移行に消極的なら、ハープの破壊は失敗に終わったほうがアイダンにとって都合がいい。そしてデイヴィッドに従うつもりはないが、おかしな地震の原因を取り除きたい僕としてはこのミッションを成功させたい。微妙なパワーバランスが敵味方の線引きを曖昧にしていた。
〔あのふたりはどこなんだ?〕
「ブレンダンとホキイはどこに?」
2ちゃんねると僕は同じことを考えていた。森に飛び込んだ後、ひたすらビビりながらハープを目指していた僕に物音がしてからの顛末はわからない。
「転倒して抜き差しならない状況に追い込まれていた君を見て、ホキイは南へ向かった。おそらく木を揺らし雪を落としたのは彼だろう」
あの人影はホキイだったのか――。
「でもホキイはスーツを着ていなかったじゃないか」
「あれ一着作るのに、どれだけの時間と費用がかかると思う」
偵察に加わってない連中のを借りることだってできただろうに――僕の反論を見越したようにアイダンは言った。「それに最新のテクノロジーを有り難がるどころか怯えるような連中だぞ?」
その見下したような言い方は、僕に嫌悪感を覚えさせた。
〔僕が言うのもなんだけど〕
――なんだよ?
〔合理性を追究すれば人間味は失われる。こいつやデイヴィッドがいい例だ〕
――そうだな。
「無事だったか」
僕の耳に雪を踏みしめる音とブレンダンの声が届く。彼の背後から小柄なホキイの姿があらわれた。
眼が合ったホキイは、僕の帰還を知り顔を綻ばせてくれた。




