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「すげえ、プレデターみたいだ……」
〔有り得ない。無人ヘリのデジタルデータならともかく、肉眼で見ているものが消えるなど――待てよ、再帰性反射材を使っているのか? いや、それならカメラとプロジェクター、画像処理用のコンピュータが必要になるはずだが、そんなもの、どこにも見当たらない。一体全体、どうなっているんだ〕
2ちゃんねるは狼狽えていた。アイダンがファスナーを下ろすと、彼の身体は可視状態に戻る。
〔光波を曲げているのか? そんなものブラックホール並みの重力でもなければ……あっ〕
――どうした?
「メタマテリアルか」
これも2ちゃんねるの発言だ。
「当たらずとも遠からずといったところだな。いやはや、君の博学ぶりには恐れ入ったよ」
「銀とフッ化マグネシウムのウェハー構造が光の屈折率を変えることは知っているが、隠蔽可能なのは微小粒子サイズまでだろう?」
「君の認識は正しい。ダーパはメタマテリアルをアシンメトリック・マテリアルまで発展させた。だが、屈折率を自在にコントロールできない限り物は消えない」
僕は言った。「曲げられないものなら吸い込んじゃうとかは? あはは、それはないか」
〔なんだと?〕
「君はどうしてそれを……」
冗談のつもりだったが、2ちゃんねるとアイダンから、思わぬ反応が返ってきた。
「言っておくが」アイダンは挑むような眼になった。「これは〝彼〟の知識のほんの一部に過ぎない。それがわかったくらいでいい気にならないでもらいたい」
当てずっぽうだし、いい気になんかなってないのに――。
〔こいつがデイヴィッドに従わないのは〝彼〟とやらの知識に心酔しきっているせいだな。そして、あいつ――〕
僕の眼は勝手にブレンダンを見る。ホキイの肩に置かれた彼の手には親近感以上の親しみが込められているように煮えた。
〔あいつはゲイだ〕
ゲイの方々への差別意識はないが、個人的嗜好は同好の士限定で発揮されるのが望ましい――ホキイの引きつった笑顔を見て、僕はそう思った。
――デイヴィッドに同調しないという意思決定がイデオロギーによるものでないとなると……。
〔こいつらが敵に回る可能性もなきにしもあらずってことだな〕
――うん、注意しよう。
僕の視線に気づいたブレンダンが、少し気まずそうな顔で近づいてくる。
「念のため、君もこれを着ておいてくれ」
自分のバックパックからアシンメトリック・マテリアルを更に発展させた素材でできたスキーウェア――長いので『見えない君』と呼ぼう――を手渡してくる。受け取ったそれはズシリと重い。
「君たちはこんなものを着て歩いてたのか……」
「俊哉も慣れるさ」
ブレンダンのウィンクから僕が学んだのは〝世の中には決して慣れたくないものだってある〟ということだった。




