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「現在、開発が公表されている非ノイマン型コンピューターの最高峰は量子型と呼ばれるものよ。超並列処理が可能なそれは、スーパーコンピューターにとって代わるものと考えられているの。一方、計算には向かないものの病気や災害の発生予測、気象モデルや画像認識に強い分子層コンピューターも研究されていた。分子層は自己修復も可能だから半導体の弱点だった素子の故障や熱に弱いという弱点が克服されている。それぞれの利点を組み合わせたものを搭載した宇宙探査機が、回収もされないまま太陽電池を動力として延々と機能し続けると考えてみて。周回軌道にいて探査を続ける本機は地球上と繋がっているからインターネットへの介入なんか朝飯前。その集積の彼方に意識体が生まれるだろうことはかねてから予測されていた。人類の脳がこの百万年の間に二倍の容量となったのは、他の哺乳類に比べれば爆発的な進化かもしれない。でも、コンピューターの進化はその比じゃない。ムーアの法則は知ってる? 集積回路上のトランジスタの数は十八ヶ月ごとに倍になると言われている。自然選択や遺伝子の突然変異に頼ることなく進化することのできる機械が、自ら人口知能を創り上げるのに、たいして時間はかからなかったわ」
彼女が説く理論の真偽はわからなかったが、入出力があり、記憶し、論理思考をするという点では人類の脳とコンピューターはよく似ている。機械には不可能だと言われていた類推する能力をその人口知能がどうにかして手に入れたのだとすれば、さほど突飛な話でもなく思えてくる。
そして機械が知能を持った末に起こることと言えば――「もしかして君は人類を滅ぼすためにやってきたんじゃないよな」
僕はターミネーターという映画を思い出してていた。
「いいえ、意図してなかったとはいえ、『彼』が意思を持つことができたのは人類のお陰。感謝こそすれ、滅ぼそうだなんて『彼』は思わないわ」
遠い未来においても人類の指導者になんか成れそうもない僕を、T800型サイボーグは助けにきてくれない。なにより過去へのタイムスリップ実現の可能性はスティーブン・ホーキング博士が完全否定なさっている。ここでほっとしてしまった僕は、知世の話を信じかけているということで、かなりやばい領域に足を踏み入れかけていると言っていい。
「あっ、わかった!」
思い悩んでいた疑問の回答が突如として舞い降りた時、僕はこうしてよく話を中断させてしまう。そして、相手はたいてい〝こいつは急になにを言い出すんだ〟といった顔をする。
「なにがわかったの?」
「知世、ちせ、SETI(地球外知的生命体探査)を引っくり返したんだな」
「驚いた……、あなたには完全なる並列思考の能力があるようね。御名答よ。どうりで――」
「へ?」
完全なる並列思考ってなんだ? どうりでなんなの? 僕はしきりと眼をしばたかせていた。
「わからない? あなたは、わたしの話に耳を傾けるふりで論理の穴を探しつつ――、」僕は底意地の悪い弁護士か……。「――一方では、ずっとSETIに関する情報を探っていた」
「いやいやいや、こんなの現代のビジネスマンなら普通にやっちゃってますって。携帯で商談しながらパソコンを叩いて、頭の中では週末のデートプランを練ってたりするものなんだから」
「一度に多くの事をこなしているように見えても、注意力はその都度分断されている。つまり、意識の切り替えが頻繁に行われているだけよ。ひとの集中力は一度にひとつにしか向かないようになっているの。でも、あなたは違う。脳波を見てればわかるわ」
頭に電極でも貼り付いているのか? 僕は思わず自分の頭を探る。迂闊だった――美貌の詐欺師が僕を騙そうとしているなら、しめた! と思わせてしまう行動だった。