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「どんなもんだい」
僕は出来上がったばかりの特製ビーニー――ニットキャップの浅いもの――を被ってシャワールームの鏡の前に立った。
厚さ数ミクロンの温熱シートをファーストエイドキットにはいっている小さなハサミで加工するのは苦労したが、概ね思い描いたとおりの出来栄えだ。これなら、いくら辛口の2ちゃんねると言えど、文句は言うまい。
〔ほう、。人間、なにかしら取り柄があるもんだな〕
……。
いつかきっと、こいつの鼻をあかしてやる。
「俊哉、いるの?」
ドアをドンドン叩く音に混じって知世の声が聞こえた。僕はただちに特製ビーニーをバックパックに仕舞い込み、知世を迎え入れる。
「ごめん、着替えをしてたんだ」と、なにひとつ変わってない服装で。「あ……、下着をね」
他の女性ならいざ知らず、知世にそんな泥縄が通用するとは思えないが、敢えて言い切る。
「そう」
知世は特に疑念をあらわにすることもなかったが、それが却って僕の胸を締めつけた。
「雷雲が起きないと――」「ブレンダンがね」
気まずさを払うように言った僕に知世の声が重なる。
「なんだい?」
「俊哉さえ良ければ、散歩がてらハープを見ておいて欲しい、って言ってるの」
なんだ、そんなことか。
「構わないよ、君が愛ちゃんを見ててくれるなら。どうすればいいの?」
「外で待っているそうよ」
「そっか」
「丸太小屋の四人は――」
バックパックを背負う僕に知世が言った。
「ん?」
「プランBへの移行に反対しているわ」
「わかった、行ってくるよ」
散歩がてら見学できるのなら、思ったほど警戒厳重でもないのだろう。トレーラーハウスを出ると、ブレンダンが車の準備をしているところだった。
「ゆっくりさせてやれなくてすまない。山の天気は変わりやすい。明日にも雷雲が発生するかもしれないだろう? ぶっつけ本番では君の負担も大きいのではないかと思って下見を提案してみたんだ」
「そうなんだ? それはどうも」
目測だが、ここからハープのある場所まではせいぜい5~6キロメートル、それを車で行っては散歩にもならないじゃないか。
この後、僕は空間認識能力の高さ、すなわち早とちりを痛感することになる。




