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「よく来てくれた。空港であんなことがあったから心配していたよ。僕はダニエルだ」
「神内俊哉です」
ウィリアム・モーズリー似のダニエルは、とても流暢な日本語で握手を求めてきたが、僕は日本式お辞儀で返す。ダニエルは特に気を悪くしたようでもなかった。
「僕はデレク。早速だが、これを見て欲しい。航空写真を拡大したものだ」
四つ切りサイズの写真を差し出してきたのも機内にいた青年だった。クリスチャン・ベールを十五年ほど若返らせたような感じだ。ブロンドのザック・エフロンとポール・ウォーカーも傍らに控えている。一体、どこでこんな連中ばかり集めてくるんだ。ROHの募集要項には〝年齢二十二~二十三歳、イケメン有名人に酷似していること〟とでもあるのだろうか。どいつもこいつもハリウッドスターを片っ端から模倣したような……。
あっ! もしや――。
〔気づいたか〕
――集めているのでもなさそうだ、はそういう意味だったのか。
〔確証はない。だが、それを解に据えれば、彼らの不思議な能力や相似性に説明がつく〕
――でも、デイヴィッドは、メンバーを中東に送った、と言った。あれは――。
〔生命の創造を画策した時点で、両者に明確な境界などなくなる〕
「ちゃんと見てくれてるのか?」
「あ、失敬」
自らの推測に戦慄していた僕は、デレクの持つ写真を見てなかった。
真っ白に雪化粧が施された山々の麓、鬱蒼たる森を長方形に切り開いてアンテナレイが建ち並ぶ。少し離れたところにある建物はコントロール塔だろうか。画素は粗く、きれいに高さの揃ったアンテナ群は梨棚に見えなくもない。だが、あの列車事故を引き起こしたのがこれだとすれば、その長閑な佇まいが秘めるものは、見るからに兵器然としたミサイルなどより凶悪だと言えよう。
四十エーカー(少し気取ってアメリカ式表記をしてみる)はあろうかというアンテナ群を、たった一度の落雷で破壊できるものだろうか。僕の考えを読んだかのようにダニエルが答えてきた。
「心配は要らない。落雷にはプラズマを発生さすほどのジュール熱がある。うまくハープの中心に誘導できさえすれば、すべての機能は一瞬にして失われるはずだ。それでいつやる?」
「いつって……。雷雲の発生時刻でもわかっているのかい?」
「君が雷雲を呼び寄せるんじゃないのか」
生憎、僕は呪術師ではない。
「雷雲がなければ僕にはなにもできないんだけど……」
しばし僕を見つめていたダニエルは、ふっと笑うように言った。
「冗談だ、君にできるのは落雷の誘導だけだってことはわかっている」
だけ、とはなんだ、だけとは。
〔こいつもひとの考えが読めるようだな。アレを作っておこう〕
「長旅で疲れたでしょう。少し休むといいわ。あなたの子? 可愛いわね」
アリスという女性が気まずい雰囲気を汲み取って声をかけてきてくれた。飛行機では見なかった顔だ。エキゾチックな黒髪で若かりし頃のエリザベス・マクガバンによく似ている。
「他にも仲間がいるの、紹介するわ」
それじゃあまた、とアリスに続くよう、僕はイケメン四人衆――後で増えるのだが――に背を向ける。デレクの声が聞こえた。
「He is a pain in the ass(苛つくヤツだ)」
僕に悟られまいとの英語だったようだが、『ass』がいい意味で使われるものではないことは知っている。だが、ヒアリングの苦手な僕である。それがもしかしたら『us』かもしれないと思い黙っていることにした。
「あそんできていい?」
ティピーの前で数人の女の子が輪になってはしゃいでいる。ここに着いて以来、興味津々でそちらを見ていた愛ちゃんは返事を待ちきれない様子で知世に訊ねた。
「いいわよ」
「大丈夫かな?」
言葉も通じないのに遊ぶって……。僕は子離れのできない父親になった心境だった。
「子どもは子ども同士よ」
それもそうだ。アリス丸太小屋の前で振り返って僕たちを待っている。雨粒がひとつ、僕の鼻に落ちてきた。




