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 車はミネソタ・ドライブを左に折れハイウェイに向かう。僕と愛ちゃんは、買ったばかりの洋服をチリソースだらけにしてハンバーガーと格闘していた。

〔なるほど、そういうことか――〕

 なにが? と訊きかけて思い止まる。また偉そうに言われるのは業腹だ。無視していると2ちゃんねるのほうが折れてきた。

〔教えてやろう。その先住民らしき四人組がオーロラ観測ツアーの客に見えるか?〕

 車の前方に陣取る二組の男女は、その仲睦まじさから、それぞれが夫婦のようだった。

 ――ガイドじゃないのか? 客はこれから拾うとか。

〔よく考えてみろ。十人乗りの車にガイドばかり四人もいてどうする。それにエスキモーやネイティブの連中は、オーロラを凶兆と考えるものだ。太陽風が地球に磁気圏に入り込むことによって発生することを本能的に知っているんだろうな〕

 ――へーえ。

〔おそらく、この車はフェアバンクスには行かない〕

 ――えっ! だってオーロラは?

〔知世に訊いてみるといい〕

 僕はそのとおりにする。果たして知世は答えた。

「騙したみたいでごめんなさい。こうでもしないと監視の眼を逃れることはできないと思ったの」

〔ほらな? これですべての説明がつく〕

 ――なにがどう説明できるってんだ。いつものように勿体つけるのはナシだ。いますぐ教えろ。

 僕には堪え性というものがこれっぽっちもない。

〔アラスカまで追っかけてくるような連中が、ああもあっさり引き下がるはずがない、そう考えた知世は陽動作戦に出た〕

 ――電話で予約した氷河ツアーか?

〔そうだ。そして連中が、あの倉庫の件を追っているのではないと悟った知世は、連中に気づかれることなく仲間と連絡を取る方法を考えた。深夜の訪問者がメッセンジャーだったと考えて間違いないだろう。盗聴を危惧して手書きメモでも渡したんじゃないのかな。勿論、オーロラ観測ツアーの予約もいれてあるはずだ。ホテルに迎えを寄越すよう言っておけば、公安調査局のふたりは待ちぼうけを食うことになる〕

 ――ほーお。

 僕は脳内居候の理路整然とした推論に感心した。当たらずとも遠からずだろう。こいつを見直してもいいとさえ思っていた。

〔もうひとつ教えておいてやろう〕

 ――うん、うん。

 僕は頭のなかで膝を乗り出した。

〔その〝へーえ〟とか〝ほーお〟は止めろ。頭が悪く見える〕

 ……。やはり、こいつはいけ好かない。

 腹くちいた愛ちゃんは、窓際の席でうつらうつら始めている。

「ガコナまではどのくらいかかるのかな」

 知世が英語で訊ねると、運転席の男性が右手の指を三本立ててみせた。

「三時間か、音楽でもかけてもらえないかな」

 僕はダッシュボードのCDプレイヤーを指して言った。

「Doo bik'i'diishtįįh da. ádin 」

 セカンドシートの女性が振り返って言った。英語ではないようだ。

「待って」

 知世は腰を上げてその女性の手を取った。

「車のステレオは……、なにも……、出ない。壊れているみたいね。我々が唄う、ですって」

 ハイウェイをひた走る白いフルサイズバン。乗客にジェームズ・アール・ジョーンズでも居れば、映画フィールド・オブ・ドリームスのワンシーンそのままだ。チャイナ・グローヴでもハモってくれるのだろうか。いや、四人が夫婦ならアバみたいなものか。

 彼らの歌は、ある意味、僕の期待――マンマミーア(なんてこったい)――を裏切らなかった。

 民族伝承のその歌は、信仰の基礎となる〝偉大なる精霊に〟捧げられるものらしい。居眠りしかけていた愛ちゃんがシャキーンと眼を覚ましたことからもララバイ(子守唄)とは懸け離れたものであることは言を俟たない。四人それぞれにパートが分かれており、ユニゾンになったりソロになったりしながら延々と唄い続けておられる。これだけエンドレスで聞かされれば覚えても不思議はないと思うのだが、唱和しようにも『ンェンディゴ』とか『ィワンヤンクチビ』とか、発声からして困難な単語が歌詞の大部分を占めており、コード進行もありきたりのものではなかった。

 驚いたのは愛ちゃんだ、彼女はその難解な歌に合わせてハミングをしていた。間違いない、この娘は音楽の天才なんだ。帰ったら近くのピアノ教室に通わせよう。そうだ! S駅で生徒募集のビラを配っていた女性のところはどうだろう。知世ほどではないがKという女優に似た美形のピアノ講師の許、世界に名だたる音楽家になる愛ちゃんの姿が目に浮かぶようだ。

 僕の親バカぶりはとどまるところを知らない。

 歌詞はさっぱりわからないが、厳粛ななかにも悲哀感が漂っているように思われる。それは、ゴールドラッシュで、油田の発見で、と押しかけた白人たちに祖先から受け継いだ土地を取り上げられた歴史が感じさせるものかもしれない。かつてロシア領だったここを、タダ同然で買い受け、飛地のようなところに自国を主張するアメリカを先住民である彼らはどんな思いで見ていたのだろう。僕は自らがハープ実験に被害者であることも忘れ、彼らにいたく同情した。

 そして我が国はと言えば、破壊力の検証としか思えない原爆をふたつも落とされながらロハで、いや、ボディガード料まで払って狭い国土をアメリカのために割いている。日本政府の弱腰ぶりが顕現されているといってよいのではないだろうか。 


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