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 アンカレッジ駅をおりると時刻は午後八時を回っていた。目覚めた雛鳥は勿論、ウィッティアからの二時間半、ずっと雛鳥をずっと抱いていた父鳥が揃って空腹を訴える。

「ホテルはそこよ」

 駅舎を出れば目と鼻の先にそびえ立つタワーが見える。

「いや、ホテルのレストランはちょっと……」

 テーブル係りの女性が待ち構えているとも思えないが、ハープに向かう前にたんこぶをこさえる危険は避けたい。

「ひっぱたかれるから?」

 愛ちゃんが余計なことを言う。

「なにかあったの?」

「いや、ちょっとした誤解がね……」

「そう……」

 詳しく言及してこない知世はなにかに気を取られていたようだった。展示物の機関車横に停められたフォードエスケープを凝視している。

「どうかした?」

「あのひとたち……」

 ドアが開きルームランプが点灯する。公安調査局のふたりが車から降り立った。横断歩道を渡るとなると彼らの隣を通らない訳にはいかず、さりとてタクシーを拾うほどの距離でもない。考えあぐねる僕たちに、ふたり組のほうから近づいてくる。ハンチングの庇に手をやって戸崎調査官が言った。

「いま、お帰りですか。氷河ツアーはいかがでした?」

 なんで知ってるんだ……。

「お疲れならホテルまでお送りしましょうか」

「けっこう――」

 僕が言い終わる前に知世の涼やかな声が響く。

「この辺りに、お詳しいようですね。主人がお腹を空かせているんです。美味しいレストランをご存知ないですか?」

「それなら」間髪入れずに印南調査官が応じる。「上手いステーキハウスがある。案内しよう、車に」

「お願いします」知世は横断歩道を車へと向かう。

「ママ、まってー! パパ、はやくー」

 愛ちゃんに急かされ、僕も後を追った。

「どうするつもり?」

 フォードエスケープの後部座席に乗り込む直前、僕は知世に顔を寄せて小声で訊ねた。

(任せて)ドアを閉める音に紛らせ、知世は吐息で答えた。

〔考えたな〕

 ――なにを?

〔見ろよ。車はレンタカー、トリップメーターの距離からしてウィッティアまでは追ってきてない。氷河クルーズに行くことを知っていたと考えられる〕

 ――あ……、なるほど。それで?

〔まあ、お手並み拝見といこうじゃないか〕

 ハンドルは戸崎調査官が握る。車はホテル前を2ブロック行き過ぎ、湾側に折れたところで停まった。

「ここです」

 戸崎調査官が到着を告げるが、歩道側の知世は車を降りない。

「ドアを開けてもらえないかしら? チャイルドプルーフがかかってるみたい」

「おや? それは失礼」

 印南調査官が車を降りてドアを開く。知世は優雅に腕を伸ばした。

「わたしは根っからの日本人でね。生憎、女性をエスコートする習慣はないんだ」

〔ふむ、思惑通りにはいかないようだな〕

 ――なにが?

〔電磁波を遮断するハンチングといい、知世の手を取らないことといい――。こいつら、ただ者じゃないぞ〕

 ――あ……。

「明日も観光ですか?」と戸崎調査官。

「ええ、そのつもりです。また駅で待ってて下さるの?」

「ははは、いい休日をお過ごしください」

 フォードエスケープは僕たちを5番街に降ろして走り去った。


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