08
「――すべての知覚は、脳の電気活動に拠るものなの。それは、たった十二ワットのエネルギーで動いている。大気中の静電気程度でも影響を与えることができるわ。電磁波で気分が悪くなったことがあるでしょう?」
早川は嘘を隠しおおせる男ではない。悪戯の可能性も、テレビ番組の企画であって欲しいとの願いも立ち消えたいま、僕にできるのは知世の話を注意深く聞き、意地の悪い小姑のように矛盾点を見出しては指摘することだけになっていた。
ボロを出してくれそうなのは……「君を送り込んだ地球外知的生命体は、どこの星の住人なんだい?」
概して女性は科学に弱い。幾らか脳組織には詳しいようだが、あれぐらいディスカバリーチャンネルを観ていれば誰だって語れるし、僕の愛読書であるニュートン別冊でだって、たまに特集している。
宇宙人がいるなら、連れてきてもらおうじゃないか!
しかし知世は、〝あなた、頭は大丈夫?〟とでも言いたげに顔をのけぞらす。なんで、こうなるんだ……。
「惑星探査機は知ってる?」
「はやぶさ……みたいなもの?」
ちょうどそんな映画が公開されていた。ハリウッド映画ファンの僕は観てなかったが。
「プロジェクト予算がふた桁違うわね。……そうね、オポチュニティやホイヘンス、マーズ・ローバーのような探査機を思い浮かべてみて」
「……」
どれも思い浮かばなかった。
「着陸型探査機には、スタックやトラブルで動力を失って静止画像のみの探索になるものがある。他にもなんらかの原因で機能停止してしまうものもあるわ。無事に調査を終えたとしても新たな探査機が送られるだけで回収はされない――つまり放置される訳ね。一基火星に降ろすのに八億ドル以上かかるんだから勿体ない話だけど、回収するとなるともっとコストがかかるの」
別冊ニュートンは購読しているが、火星の号は買いそびれていた。この辺り、矛盾があるのかどうかさえわからない。僕はわかったふりで先を促す。
「それで?」
「宇宙開発費は税金よ。である以上、かかる費用は少なめに発表される。実際には八十億ドル以上かかっていたとしても公表は十分の一、といった具合にね」
「僕が訊いたのは火星探査機についてじゃなく、君を派遣したという地球外知的生命体のことなんだけど……」
「慌てないで、あなたなら難癖をつけるべき箇所を探しながらでも、わたしの話を理解することができるはずよ」
くさされたのか褒められたのかよくわからない。それより、コツコツ当たる知世の膝頭が気になって仕方なかった。