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「あのふたり、どうやって僕たちがここに来ることを知ったんだろう」
「公安調査官に逮捕権はなくても捜査権があるの。乗客名簿くらいは見られたでしょうね」
「警察に捜査協力を頼めるんだ」
「おそらくは――。発言の真偽を確かめるには脳の活性領域を見る必要があるの。ふたりからそれを読み取ることはできなかった。あの帽子には、なにか電磁波を遮蔽する仕掛けがあるみたいだわ」
機内でも屋内でも帽子を脱がなかったのは、薄い頭髪を気にしてた訳じゃないんだ、それを知ると同時に2ちゃんねるがある提案をしてきた。
〔使えそうじゃないか〕
――うん、準備しておこう。
道路には最近降ったばかりだと思われる雪が残っており、太った半ズボンは「急いでくれ」とも言ってないのに凍結路をぶっ飛ばす。彼がどれだけ頑張ったところでWRCドライバーのセバスチャン・ローブには敵わない。いや、雪路に限って言えばラトバラのほうが速いかも……。とにかくどんな事案にせよ上には上がある。力に頼る者は力によって滅ぼされ、知恵に頼る者もまた然りなのが世の常だ。気の弱そうな日本人を乗せた時は、口癖になっている〝Fu●k〟や〝Sh●t〟を控え、タクシードライバー本来の務め――乗客の安全な輸送――を優先すべきだと思う。
太った半ズボンはホテルの車回しを数メートル行き過ぎ、バックして車を停めた。なぜだか〝どんなもんだい〟という顔をしている。
22ドルの請求に10ドル札三枚を渡しかけた僕は、一枚を5ドル札に替えて言った。
「Keep the change(釣りは要らない)」
ドアマンにまで愛想笑いを振舞ってはいるホテルの床は総大理石張りだった。それだけでビビっている僕とは対照的に、知世はフロントクラークと堂々と渡り合う。荷物らしい荷物などない僕たちは、カードキーを受け取るとベルボーイを伴わずに部屋に向かう。ウエストタワー十階の部屋はタウンスクエアを見下ろす側にあった。
僕は上着も脱がずにベッドに身体を投げ出した。睡眠十分の愛ちゃんがもうひとつのベッドをトランポリンにしている。どうか階下から苦情がきませんように。
「お腹は空いてない?」
ハンガーにコートを掛けながら知世が言った。
「ペコペコだよ」と僕。
「ペコペコだよ」愛ちゃんが真似る。
「ふたりで行ってきてくれる?」
君は……、聞くだけ野暮か。知世の不食はいまに始まったことではないし、彼女には彼女のなすべきことが山積している。
僕は愛ちゃんを連れ、レストランのある十五階フロアに向かった。
僕の英語力でまともな食事にありつけるのだろうか? そんな不安を抱えつつエレベーターを降り、カーペンターズのヒット曲と同名のシーフードレストランのドアをくぐった。幸いテーブルについてくれた大柄な女性が、少々、乱暴ながらも日本語を解してくれた。
「キタカ、シャチョー、スワレ」
僕は社長ではなく団体職員なのだが……。
「ナニ、ノムカ?」
いつか早川に誘われて行ったフィリピンパブを思い出した。
「じゃあ、これをデキャンタで。That’s all」
リストの値段だけで決めた白ワインを注文した。
「Okay. Thank you」これはちゃんと聞き取れた。
「パパ、すごーい」
愛ちゃんにかかれば、世界に凄くないものなどなくなってしまうのではないだろうか。




