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 僕の生涯で、もしシアトルに行くことがあれば――、僕には是が非でも観たいものがあった。ブロードウェイにあるというジミ・ヘンの彫像だ。だが、車内はそんな気楽なことを言い出せる雰囲気ではない。ハンドルを握るデイヴィッドは不機嫌そうに眉根を寄せて押し黙り、知世は知世で物思いに耽っている。

 静寂の不文律は、愛ちゃんにも押し殺した声を要求する。彼女は僕の袖を掴んで揺すった。

「また、しこうきにのるの? もうへんなひとはいない?」

「大丈夫だよ。もし、いたってパパが追い払ってやる」

 子どもなら分別臭く周囲に気を遣う必要などない――それを教えてあげるのは父親の務めだ。

「さっきはにげたのに?」

「なっ、なあに、パパだってその気になれば――」

「その気になれば、どうなんだ?」

デイヴィッドの声には嘲るような響きがあった。返事に窮する僕をルームミラー越しに一瞥して、彼はふんと鼻を鳴らした。

「そろそろ旅行気分を払拭してもらわないと困る。ここ数日、ガコナでは続けて雷雲が発生している。君にやってもらうハープの破壊は我々が目指す世界実現の第一歩になるんだからな」

 やはり、そうなるか――。

 ――誰だよ、〝この時期、雪に閉ざされたアラスカで雷なんか起きっこない〟と言ったのは。

 僕の抗議は2ちゃんねるに向けられる。

〔やる気になってたんじゃないのか?〕

 ――それは……。

〔それに〕2ちゃんねるが続ける。〔行ったことのない場所なんだから間違うことだってある。文句を言うなら自分で調べるべきだったんだ〕

 ――おまえだって自分じゃないか!

〔こっちの自分じゃなくて、そっちの自分だよ。そうやってなんでもひとのせいにする悪いクセは治ってないようだな〕

 ――ひとのせいって……。

 ややこしくなってきたので思考を終了させる。ひとりの人間の中で意識が激論を交わすなど有り得ないと思うだろうか? しかしこれは、いわゆる葛藤というもので誰にもあるものだ。僕の場合、その相手が妙に他人行儀なだけのことだ。

「あい、あのひと、きらーい」

 愛ちゃんが僕に耳打ちをしてきた。

「パパもだよ」

 僕は大人なので分別臭く声を潜めて返す。

〔僕もだ〕

 珍しく2ちゃんねるとも意見が合った。

 僕たちを乗せたミニバンは雨粒を切り裂いて進む。フロントガラスの向こう、雨に煙るシータック空港が近づいていた。


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