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 僕たちはアウトレットモールにきていた。ハープのあるアラスカ州ガコナは四月でも最低気温が氷点下20℃近くにもなるそうだ。そんな気候に耐え得る防寒着は持っていない。そしてそれは突然、我が子になった愛ちゃんにも同じことが言える。スポーツ用品店なら登山具コーナーがあり、ダウンジャケットや高機能インナーが手にはいるはずだ

 日祭日に行こうものならゆっくり商品を選ぶ余裕などないほど混雑するアウトレットモールだが今日は平日だ。空いた店内で僕と知世は愛ちゃんを着せ替え人形にして遊んだ。熊の耳がついたニットキャップが良く似合っていたが、愛ちゃんが選んだのは大きな角がついて顎で先端が結べるようになったヘラジカの帽子だった。僕はこっそり熊の耳がついたのも買っておいた。だって、あんなに似合っていたのだから。

「シカさん、かぶってもいい?」

「車の中じゃ暑いよ、きっと」

「あつくないもーん」

「被らせてあげれば?」

 知世がそう言うなら僕に異存はない。左手で助手席の紙袋を探って知世に渡すと、包装を解く音が聞こえた。

「わーい」

 望むものを手に入れた愛ちゃんが、それを被る様子がルームミラーに映る。

「パパを刺さないでくれよ」

 大袈裟に痛がるふりをする僕に喜び、ふにゃふにゃした帽子の角で僕の背中を突いていた愛ちゃんは、それに飽きると早々に眠ってしまった。

「可愛いわね」

 しどけなく知世に寄りかかる愛ちゃんを支えて知世が言った。

「うん」

 ニール・ダイヤモンドのスウィート・キャロラインを父はよく口ずさんでいた。

〝素晴らしい時間は、意外にそうは見えないものだ〟

 知世がとびきりの美人である以外、ドライブ中の家族が経験するありふれた光景が、僕の胸に万感の想いを募らせていた。


 空港に向かう道路は渋滞、車列を成すのはT社製のハイブリッド車が圧倒的に多い。だが僕は、世の中がハイブリッド車と電気自動車だらけになってしまうことに最後のひとりとなっても抵抗したい。『二酸化炭素の排出量抑制のため』といった環境活動家達のプロパガンダに乗せられるのもアホらしいし、そもそも二酸化炭素がなければ植物の光合成だって行われず、人類が酸素に窮することになるのは小学生にだってわかる理屈だ。やれ温室効果がどうのこうのとおっしゃる向きは、ちっぽけな人類の分際で地球という天体をなんとかできるとでも考えておられるのだろうか。それこそ思い上がりも甚だしい。

 概して環境意識が高い人々は、浪費こそライフワークと信じ込んでいるような富裕層に多い。状況に応じてダブルスタンダードを使い分けることのできる器用な方々だ。そして我々庶民は〝そんなことに構っちゃいられない〟と言うのが本音であり実情だ。ハイブリッド車の選択には『二酸化炭素排出量の抑制』ではなく『私的財産の消費抑制』が働いたことは、ほぼ間違いない。

 動かない車列の中、僕はシャトルバスのなかでそんなことを考えていた。書店にあった『アラスカの歩き方』は、なんと1785円。A5サイズ、400ページ程度の厚さで、だ。無駄になったハワイとタヒチに2620円を注ぎ込んでいた僕は、散々悩んだ挙句それを買わなかった。いくらかは森林資源の節約にも役立ったはずだ。

 現地で合流予定の知世の仲間たちが、きっと観光ガイドも兼ねてくれるだろう。なんといっても今回は僕が主賓なのだ。

 電源を落とす前の携帯電話にメールが届いていた。

『お土産はぴょんぴょん舎の冷麺でよろしく。――会議所一同――』

 僕の短期出向先は宮城県になっていた。帰ったらインターネットで注文するとしよう。


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