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「しこうきにのれるの?」

 お昼寝から起きた愛ちゃんに旅行の件を告げると、眼を輝かせて訊ねてきた。

「そうだよ。鯨さんとか熊さんとか、たくさんいるんだってさ」

「こんなの?」

 愛ちゃんは『地球のなかまたち』を広げて僕の前に置いた。

「うーん、多分……」

 ホエールウオッチングクルーズを幼い頃行ったハワイで体験しているはずの僕だが、船酔いのせいで実際に鯨が出現したかどうかは覚えていない。そして愛ちゃんのぷくぷくした指が示すマッコウクジラがアラスカに生息する種類なのかどうかも定かではない。2ちゃんねるも無言だった。

「アラスカにいる鯨はマッコウクジラなのかい?」

 僕は夕飯の支度を始めた知世に訪ねてみた。薄い壁の向こうから返事があった。

「よく見られるのはザトウクジラね、ホッキョククジラもいる。どちらもヒゲクジラの一種よ。でも個体数は7800頭ほど、商業捕鯨のせいで随分、数が減ってしまったわ」

 僕は『地球のなかまたち』のページをめくるがヒゲクジラは載ってなかった。

「愛、ラッコがいるわよ」再び知世。

「わーい、みられるのお? じゃあ、これもいる?」

 本棚から戻ってきた愛ちゃんの手には流行りの戦闘美少女ものの本があった。幾らなんでもそれは無理だ。そもそもこれは日本のテレビシリーズなんだし――。

「飛行機のなかでお利口にしていたら見られるかもよ」

 おいおい、それは如何にも無責任な発言じゃないか。愛ちゃんの言う『これ』がなんだかわかってて言ってるのか。 僕の異議はキッチンの壁に黙殺された。

 この旅行がハネムーンなら、例えこぶ付きでももっと胸躍るものとなっていたはずだ。でも主眼に置かれるのはハープの破壊である。ワクワク感を上回るドキドキ感とピリピリ感が僕の胸にはあった。アメリカ本土に侵入するテロリストも、きっとこんな気持ちだったに違いない。

〔お人好しにもほどがあるな〕

 2ちゃんねるが呆れたような声を上げる。

 ――なんだよ……。

〔典型的なフット・イン・ザ・ドア・テクニックじゃないか。アルキメデスの最新号を読んでいてこのザマかい〕

 アルキメデスは僕の愛読する科学雑誌で、フット~は、天邪鬼がうりこひめを騙したアレのことだ。心の科学について特集されていた最新号には数々の『騙しのテクニック』が掲載されていた。

 ――僕は利用されているんだろうか。

〔立場を変えて考えてみろよ。『モテない君』である僕を意のままに操るにはどうする?〕

 2ちゃんねるが言いたいことはわかる。だが、ソーシャルゲームのインセンティブが知世だったなら、どれだけ課金しようと僕はゲームクリアを目指す。

〔ふん、まあいい。僕に爆発物など扱えないことは知世も知っているし、いつ起きるかわからない雷を誘導しろとは言わないだろうからな。それにこの時期、雪で閉ざされたアラスカに雷なんか起きっこない〕

 アラスカの森林火災は、その原因の約八割が落雷によるものであることを、この時点での僕たち(?)はまだ知らなかった。


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