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「彼は大型哺乳類の絶滅についての権威だったの。人類同士の争いや環境破壊が種の絶滅に繋がることに彼は早くから警鐘を鳴らし続けていた。でも接触を試みようとする我々のプロジェクトが立ち上がる前にあの事件が起きて――」

「僕が死んじゃったという訳さ」

 なんとも違和感のある言葉でデイヴィッドが引き継いだ。

「最愛の息子を亡くした彼は精神を病んで自ら消息を絶った。だけどミス知世が偶然彼を見つけてくれた。それで僕がやってきたという訳さ」

 デイヴィッドは〝訳さ〟がお気に入りのようだ。

「ってことは、彼にもなにか特異な能力が?」

「ううん、そうじゃない。多くの研究者が成果に賞賛か名声のみを求めるなか、プロフェッサー・ハンズワースは違った。〝善い精神を持つだけでは不充分だ、人類は善い行いをすべきだ〟彼はそう言ったの。その高潔な魂こそ後世に受け継がれるべきものだとは思わない?」

「そ、そうだね」

 ハンズワース教授を見る知世の瞳には畏敬の念があり、僕は少し妬けてしまった。

「ただ、さすがにこれでは飛行機にも乗せられない。そこで君のバスルームを借りにきたと言う訳さ」

 デイヴィッドは鼻をつまむ仕草をした。『臭い』をあらわすジェスチャーは万国共通らしい。

「そうゆうことなら」僕はバスルームの方角に手を向けて言った。「どうぞ、どうぞ」

 彼らは律儀にも帰宅する僕の許可を待っていたのだ。東棟のボイラーが故障して風呂を借りに来た時の早川など、手桶にタオルで「よお」と、まるで銭湯に来たかの如く振舞っていたというのに。

「ありがとう、ご協力に……、感謝する」

 どこにも〝訳さ〟を盛り込めなかったデイヴィッドは、些か不満気だった。そのせいだろうか、ハンズワース教授を立たせる所作に礼を失した感があるように思われた。

「かっこいい青年だね」

 デイヴィッドたちがバスルームに行った後、僕は言った。

 街で美人を見かける度、その相手を想像していたような僕だ。知世のような才媛と釣り合うのは、オーランド・ブルームをブロンドにしたようなデイヴィッドで、保護という使命がなければ僕なんか永遠に縁がなかったのではないかと思う。こんなふうに知世の好みを探ろうとするのは卑しい好意だろうか。

「ひとの価値は魂の清廉さにあるのよ」

 僕のような外見の持ち主には救われるような言葉だ。『モテない君』の僻み根性を捨て、正しく生きようという気になれる。僕は早速、公共精神を発揮した。

「彼らを空港まで送ろうか?」

 車なら、〝盗難保険が下りるまで〟と保険会社から貸与されたレンタカーがある。

「大丈夫よ、迎えがくることになってるの」

「そうなんだ。じゃあ僕は着替えてくるよ。他になにか力になれることがあるなら遠慮なく言って欲しい。そうデイヴィッドに伝えといてくれる?」

「あのね……」

 リビングを出ようとしていた僕は知世の声に振り返る。

「なんだい?」

 知世の眼に逡巡が揺れた。

「ううん、いい。後で話す」

〔気づいてないようだから教えてやる〕

 スーツを脱ぐ僕に2ちゃんねるが言った。

 ――なにをだよ?

〔さっきの握手でオキシトシンが垂れ流し状態になっているぞ。あいつも知世を同じように、ひとの意識を操作できるようだな〕

 オキシトシンは神経ホルモンのことで、これのおかげで我々は、他人に好意を抱くことができる。

 ――いいじゃないか、風呂ぐらい。知世もそれを知らせようとしたのかな?

〔どうだかな、僕はあの女を全面的に信用しているわけじゃない〕

 こいつが僕の意識でなきゃ、僕はこいつを信用しないでおく。


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