表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/125

50

 職場のテレビでは政治家のセンセイ方が、景気対策がどうの、雇用促進がどうのと、口角泡を飛ばす勢いで激論なさっている。

 僕はここ数年、選挙に行ってない。複雑性に属する経済は、創発的で自己組織化するものだ。それをなんとか出来るなど、大嘘つきか蒙昧でなければ口にできるものではないと知ったからだ。バブル景気だった頃、世間は享楽に湯水の如くお金を使ったそうだ。不況より好況がいいに決まってる。お金だって、ないよりあったほうがいいに違いない。だけどそれで社会が本来のあるべき姿を取り戻せるかどうかは別問題のような気がする。

「どうしたの? ぼんやりしちゃって」

 亜美の声で僕は自動車会議所のオフィスに引き戻された。僕自身、こんなことで思い悩むなどとは思ってもみなかったので仕方のないことではあるが、人類の行く末を憂慮する姿が『ぼんやりしている』ようにしか見えないのはとても哀しい。

「いやあ、社会ってこれでいいのかなって思っちゃってね」

「あーら、家庭をお持ちの方はおっしゃることが違うわね。わたしなんか婚活に忙しくてでそれどころじゃないわ」

「あのさあ、〝とにかくしちゃえばいい〟的結婚ってよくないと思うんだ。ほら、婚活とか合コンって、なんだか必死って感じがしないかい? 感情を置き去りにしてまで生活の安定を追い求めるのは良くな――」

 しまった! と思ったが、時既に遅し。亜美は凄い顔で僕を睨みつけてきた。この形相を知っていたら僕は指輪を買ってない。『まあ、このくらいで』といった妥協が結婚に後悔を生じさせる――知世の言葉が真理だと思えたからそう言っただけで、決して上から目線のつもりはない。なにせ僕の素晴らしき人生(VIVA LA VIDA)は砂上の楼閣なのだから。

 亜美と僕にはもう間主観性は機能しなくなっている。

「二度と話しかけてこないでっ!」

 君が話しかけてきたんじゃないか……。しかし、それを口にする勇気は僕にない。移動があるまでの居心地の悪い日々が眼に浮かぶようだ。亜美はここの最大派閥である竹内さん一派に属していた。

 多くの軽自動車は重量税の納付額が七千六百円で、多くの業者さん方は一万円札と共に重量税納付書(重量税印紙を貼り付ける用紙である)を僕の前に差し出す。以前は釣銭用にとカウンターの下に百円玉を四枚ずつ積み上げていたものだが、現在は預かった紙幣を入れて重量税額の書かれたタッチパネルに触れれば機械がお釣りを出してくるので札を見間違うこともなければ百円玉を積み上げる必要もない。僕の仕事は納付書に貼り付けた重量税印紙が、重なった他の用紙を濡らさないよう、手早く水分を除去するだけとなっている。

 たまに「おまえがきれいなおねえちゃんだったら目の保養くらいにはなるのにな」とおっしゃる業者さんがおられるが、もっともな御意見だと思う。規制緩和に次ぐ規制緩和で主婦の皆様方までが――家計節約のためか、へそくり捻出のためか――自ら車検を受けに来られるこの時代、自動車整備工場さんの過当競争は激化の一途にあり、窓口で見るのが『モテない君』の冴えない面では文句のひとつも出ようというものだ。

 自動釣銭器の小銭が少なくなったと表示が出たので、僕は百円玉の棒金(硬貨をフィルムで束ねたもの)を取りにいこうと席を立つ。こんな時、以前なら気配を察した亜美が「わたしが――」と言ってくれたのに、いま、彼女の爪先は完全に明後日の方向を向いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ