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倉庫の正面には濃いスモークフィルムが貼られたワゴン車が停められ、スライドドアが開いていた。
「お疲れ様でした。どうぞ」
車の横には黒のスーツ姿の男が立っていた。佐藤君、鈴木君とトリオを組んで売り出せば、さぞや人気を博しそうなイケメン君だ。彼らの仲間に女性がいるとしたら、きっと美人揃いなのだろうと漠然と思い、後日その予測が当たっていたことを、僕は僻遠の地で知ることになる。
「君も行くんだ?」
「ええ、この子の治療をしないと――。明日には戻るわ」
「うん、待ってる」
「神内様もご一緒にいかがですか? 最寄駅までお送りいたしましょう」
「ありがとう。でも僕も車で来ているから」
黒服のイケメン君に丁寧に話しかけられるのはゾッとしない。有閑マダムならともかく、今夜の僕は〝勇敢モテない君〟だったのだから、と洒落てみる。
「ではまた、どこかで」
最後に佐藤君が乗り込むと、ワゴン車は静かに走り去った。
〔どこへ行くんだろうな〕
――僕が知る訳ないよ。
〔つけてみないか?〕
――こんな時間から? 嫌なこった、明日も仕事なんだぞ。それに知世がいつも言ってるじゃないか。〝そのうちすべてわかる〟って。
ワゴン車のテールランプが見えなくなり、僕は高速道路の高架下に向かって歩きだした。
「えーっ!」
駐車しておいたはずの愛車は影も形もない。駐車違反でレッカー移動されたのか? こんな夜中にそれはない。
〔ちゃんと施錠はしたのか?〕
――当たり前だろ、こんなとこに停めたんだから。
少し自信がなかったのでポケットを探ってみる。車のキーは確かにあった。
〔どうするんだよ〕
――どうするって……。
僕が途方に暮れていると、さっきの黒いワゴン車が戻ってきた。運転席の窓がすーっと下がって黒服のイケメン君が顔を出す。
「あれは神内さんのお車だったんですか。僕がここを通った時、東南アジア系の一団がレッカー車に積み込んでましたよ。車の窃盗団だったのか。真下が〝神内さんの車がない〟と言うので戻ってみました」
「駅まで乗せてってくれる?」
明日の朝一番で、盗難届けを出そう。
「では、お気をつけて」
「どうもありがとう」
今度こそ僕はひとりになった。平日深夜の駅は、ひとけも疎らでうら寂しい。それにも増して僕の気分は塞いでいた。それは車が盗まれたせいではなく、津野さん父娘を無事に救出出来なかったせいでもない。表立って戦争が起きてない国にも諜報戦というものが繰り広げられており、情報操作、拉致監禁、暴力と、子どものイジメが発展したような愚行を繰り返す人類に幻滅していたからだ。
政治思想家のトーマス・ホッブスは言った。『人間の自然な状態とは、すなわち戦争状態のことである』と。
こんな僕たちに、本当に進化など訪れるものだろうか。
ちらちら雪が舞い始めた。僕は木屑のついたコートの襟を寄せ、各駅停車の到着を待っていた。
〔考えてみたんだが〕
――なにを?
〔連中、年齢が似通い過ぎてないか?〕
――そう言えばそうだな。それで?
〔鈴木はきっと脾臓を収縮して予備の赤血球を送り出すことができるんだと思う〕
――イルカみたいに?
〔ああ。そうでなきゃ、あれだけ潜水していられるはずがない。それと――〕
――なんだよ?
〔連中は頻繁に握手を求めてくるだろう? あれはきっと掌の発汗量から前頭前皮質の機能を測っているんだと思う。バイオMRIってところだな〕
――だから?
気分が鬱いでる時に小難しい議論はしたくない。
〔それが連中の正体を探るヒントになる〕
――はっきり言えってば。
〔そのうちな〕
僕は思った。こうやってもいつも言いかけては最後まで話さないヤツはきっとモテないだろうと。